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アイヌ伝説の猟師が実行「巨大ヒグマ」驚愕の撃退法。戦前の北海道で起きた「人間と熊の命がけの闘い」の実話

2025-01-05 | アイヌ民族関連

東洋経済 1/4 15:02 配信

「赤毛」「銀毛」と呼ばれ恐れられた巨熊、熊撃ち名人と刺し違えて命を奪った手負い熊、アイヌ伝説の老猟師と心通わせた「金毛」、夜な夜な馬の亡き骸を喰いにくる大きな牡熊―――。
戦前の日高山脈で実際にあった人間と熊の命がけの闘いを描いた傑作ノンフィクション『羆吼ゆる山』。長きにわたって絶版、入手困難な状況が続いていたがこのほど復刊された。
本稿では同書から一部を抜粋してお届けします。
アイヌ伝説の猟師・沢造と銀色の毛をもつ巨熊との対決は――。

■山の収穫
 沢造は、猟をするために山に入るときは、ニワトリの脂身を多めに持ってゆき、川の流れにつけて血抜きしたウサギの肉をこの脂で焼く。するとウサギの肉はニワトリの肉を焼いたようになって、いい匂いが染み込む。これを餌にすると、まず、どんなキツネも喰いついてしまう、という。
 それでも罠に掛からないキツネには、羆に使う口発破の小型のものを嚙ませる。この口発破は、塩素酸カリウムと鶏冠石(砒素の硫化鉱物)にセトモノの細片を入れて調合するのだが、これらを混ぜ合わせるのはきわめて危険な作業となる。

 さて、猟場を一回りした沢造は、獲物を入れた背負い袋を背にして帰途についた。
 そして、一番楽しみにしていたイワナ沢の例の一本橋の近くまで戻ってきたとき、橋の上に置いた弓張り仕掛けのハネ罠に、見事な黄テンが掛かっているのを見つけた。今日はすでに、茶の毛色のテンを2匹得ていたが、これほど見事な色合いの黄テンは滅多に捕れない代物なので、沢造は思わずほくそ笑んで橋に駈け寄った。
 背の荷物を崖っ縁の雪の上におろし、一本橋の上にそろりと足を踏み出した。針金で首を絞められた黄テンは、すでに固くなって、仕掛けた弓の先にぶら下がっている。そこに近寄って首の針金を外し、テンを持ち上げて立ち上がったとき、不覚にも足元がぐらついてよろけてしまった。

 沢造は咄嗟にクルリと体の向きを変え、崖っ縁に飛んだ。すると、そこに積もっていた雪がぱっくりと割れて、大きな雪の塊りが沢造の荷物を乗せたまま崖下のイワナ沢に落下し、ドスンと音をたてた。
 「ありゃー、荷物まで落ちてしまった。しょうがねえなー、沢の入口から回らねばなんねえか」
 沢造は舌打ちしながら左手の斜面に向かった。そうして本流であるベツピリカイ川の岸辺にいったん降り、そこから右岸伝いに下ってイワナ沢に出合いから入り、右側の崖の下を歩いて、荷物の落ちている上流に向かった。

 高い崖の下に雪が砕け散っているところがあって、荷物はそこに雪まみれになってころがっていた。その荷物に手を伸ばしかけたとき、後ろの方で妙な物音がして、沢造の背にゾクリと寒気が走った。はっとして振り返ると、崖下の窪みから落葉と雪を蹴散らして一頭の熊が飛び出した。
■熊との死闘
 沢造が左手に摑んでいたテンを荷物の方へ放り投げたとき、ウォーッと一声、腹に突き刺さるような吼え声を上げて熊が立ち上がり、沢造めがけて襲いかかってきた。

 素速く身をかわした沢造は、右手で腰に下げた刺刀(さすが)を抜いた。そして、2度目に立ち上がった熊が両前足を振り上げて威嚇の声を上げながら今まさに飛びかかろうとする寸前、その腹にパッと抱きついた。熊の腰のあたりに両足をからませ、脇の下から両腕を回して背中の毛を手でしっかりと摑み、頭を熊の顎の下に押しつけた。
 熊は、なんとかして沢造を振り落とそうともがき、ウワッ、ウワッと短く吼えながら川岸の雪の上を跳ね回った。振り落とされれば命にかかわるのは目に見えている。

 沢造は懸命に熊の腹にしがみつきながら、右手の刃渡り30センチ近い刺刀を熊の心臓に突き当て、突き刺し、柄まで押し込み、なおもグイグイと力にまかせて刀を抉り上げた。傷口から鮮血がドッとほとばしり、辺りの雪を真っ赤に染めた。
 刺刀の切っ先で心臓を突き破られた熊は、狂ったように跳ね回り、暴れだした。
■熊などに、同情すべき点は何ひとつなかった
 沢造は落されまいと手に満身の力を込めてしがみついていたが、血まみれの刺刀の柄がぬるりと滑って右手が外れた瞬間、熊が大きく横に跳び、からめていた足が外れ、さらに背中の毛を摑んでいた左手も離れ、ついにその場に振り落とされた。そしてすぐさま身を起こし、崖下の大岩と岩壁の間の狭い隙間に目をつけるやいなや、一瞬後にはそこに潜り込んでいった。

 ズキンと左肩に痛みが走るのを覚えながら、そっと振り返って見ると、熊は倒れては起き上がり、岩に当たっては倒れ、川に転げ落ちては岸に上がり、水の中と雪の上とを問わずのたうち回ったあげく、崖に頭を打ちつけてひっくり返り、またもや立ち上がっては流れに倒れ込むといった、手の付けられぬ暴れようで、それでもなお、沢造の姿を求めてか、そこらを無闇矢鱈に走り回っていたが、もはや目が見えなくなっているのか、まもなくよろよろと足をもつれさせ、断崖の下に頽れてしまった。

 沢造は身じろぎもせず、熊の断末魔の喘ぎを岩の隙間から冷たい目で眺めていた。
 沢造にしてみれば、自分の猟場に無断で入り込み、しかも突然襲ってくる熊などに、同情すべき点は何ひとつなかったし、どんな因果があるにせよ、こんな目に遭わされるのはまったく心外であった。
 やがて熊は、赤く染まった雪の上にゆっくりと仰向けになり、四肢をだらりと開いてしまった。これが、冬ざれの山をさまよった末にようやく安息の地を見出したばかりの銀毛の最期であった。

https://finance.yahoo.co.jp/news/detail/78a7d3d98a4355040bf14c03d28a3ce9bc9082d2

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