これまでずっと自分の心の中で大きな位置を占めてきたヴァイオリニストダヴィド・オイストラフ(1908~1974:ソ連邦、男性)の存在が最近になってかなり揺らいでいる。
先日のブログで投稿したように「シベリウスのヴァイオリン協奏曲」の試聴(6セットのCD)でみせてくれたジネット・ヌヴー(1919~1949:フランス、女性)のあの神業のような熱のこもった演奏がアタマに焼き付いてしまって離れないのがその原因。
こうなると、ヌヴーとオイストラフ、この二人のうちどちらが自分にとってより身近な存在になるのかどうしても結着をつけたくなった。すぐに順番をつけたがるのはアメリカ人の悪い(?)クセと何かの本で読んだ記憶があるが、自分もかなりアメリカナイズされてきているのかなあ~。
さて、二人を比較するうえで絶好の名曲がある。それは「ブラームスのヴァイオリン協奏曲。」
これはブラームスが親友ヨアヒムのために生涯にたった一曲しか残さなかったヴァイオリン協奏曲で、交響曲といってもよいほどに堅固に組み立てられ堂々とした威容をもち、同時に内省的な心のこもった情緒豊かな名品。
ヴァイオリニストのスピリットとテクニックが隠しようがないというほどの曲目で二人の個性を比較する上で、まずこれほどの適切な作品はない。
それに幸い、二人ともこの協奏曲については名演を遺してくれている。
☆ヌヴー盤
(ライブ録音)ハンス・シュミット=イッセルシュテット指揮、北ドイツ放送交響楽団
録音:1948年
☆オイストラフ盤
コンヴィチュニー指揮、ドレスデン・シュターツカペレ
録音:1955年
ヌヴー盤については、仲間のMさんが持っていたものをとりあえずお借りしたもの。
オイストラフ盤については、以前のブログで紹介した愛聴盤紹介コーナー「ブラームスのヴァイオリン協奏曲」6セットの中から自分が一番名演だと思ったものをピックアップしたもの。
サブウーファーを付け加えてやや重厚さ(?)を増した我が家のシステムでじっくりと二人の演奏を聴き比べてみた。極めて興味深い比較で非常にレベルの高い名手同士の競演、しかもこれほどの名演になると録音の悪さも気にならなくなる。特にヌヴー盤はライブ録音で結構高域特性もいいようでシベリウスの協奏曲を弾いた盤よりもずっと聴きやすい。
2月2日、小雨まじりで寒くて寒くてたまらない土曜の午後のひととき、1時間半を二人の対決(?)の時間に当てた。
さて、演奏の結果だがあくまでも個人的な感想であることを前提にして一言でいえばヌヴーは剛、オイストラフは柔とはっきり色分けできる。まったく、どちらが男性か女性か分からなくなる程の違いだが、特にヌヴーの剛直振りが際立っている。
ライブ録音の一発勝負ということで出だしこそ、ところどころ音程が不安定だった(と思う)が、徐々に流れに乗ってきて気迫がこもった力強い演奏が終始展開される。盛り上がり感も十分、それでいて何ともいえない抒情性が漂う。
一体何という演奏だろう!音楽理論には素人の自分では適切な形容が思いつかないが、ヌヴーの演奏を聴くとなぜかいつも目頭が熱くなる。
この演奏を前にすると、あれほど永年にわたって愛好し、信奉してきたオイストラフの演奏が何だか急に色褪せてみえてきた。いろんな意味をこめて、少しやわすぎるという表現が当たっていると思う。オイストラフほどの名手でさえもヌヴーに比べると「美しさだけが先走ってしまい音楽が表層に留まっている」印象を受けるのだから不思議だ。
Mさんから聴いた話だが、「レコード音楽の生き字引」「盤鬼」(五味康祐氏著「西方の音」19頁)として紹介されている西条卓夫氏が当時(昭和40年前後)の「芸術新潮」で、いろんな奏者がブラームスのバイオリン協奏曲の新譜を出すたびにレコード評の最後に一言「ヌヴーにトドメをさす」という表現だったという。どんな奏者でも結局ヌヴーを超えることは出来なかった。
この話を聞いて「そうでしょう、そうでしょう」と、ついうれしくなって何度もうなづいた。ヌヴーの演奏を聴いたのはごく最近でブラームスとシベリウスという二人の協奏曲を聴いただけにすぎないが、その芸術性の高さはすべての音楽作品に通用する普遍性がありそうだ。
結局のところ、オイストラフが若年のときの第一回ヴィエニヤフスキ国際コンクールでの1位(ヌヴー)と2位(オイストラフ)の順番はものすごく深い意味があったのだな~と今更ながら思ってしまう。
それにしても抗しがたい魅力を放つヌヴーは30歳の若さで航空事故で亡くなったが、もし彼女がずっと長生きしてくれたら沢山の名演を遺してくれただろうと思うと残念、残念。ほんとうに惜しいことをした。
ネットでHMVを覗いてみるとヌヴーの演奏したCD盤が4セットあった。(2008.2.3時点)。以前、たしかヌヴー全集が発売されていた記憶があるので購入しようと思ったのだがおそらく既に廃盤になったのだろう。
また、ブラームスではドヴロウェン指揮のものもある。イッセルシュテットと比べてみるのも一興かもしれないと思い早速カートに入れた。3枚セットだと送料が無料になるのでついでにヌヴーと同門の女流オークレールが弾いたブラームスとモーツァルトの協奏曲2セットを抱き合わせたが果たして得失やいかに。