「結局、何が言いたかったの?」 「えぇ~、意味わかんな~い(笑)」
「ストーリーが全然わかんねぇ」 「『はぁ?』みてぇな(笑)」
「夢かと思ったら違ったり…」 「っつ~か、ど~でもよくねぇ?(笑)」
劇場の出口では高校生くらいの制服姿のグループが、声高に笑いながら「カラオケ行こーぜー!」と盛り上がっていました。その横を、同じ劇場から出てきた御婦人方が、目を真っ赤に泣き腫らして通り抜けていきました。
いきなり何の話かと思われたかも知れませんが、今日は海老名のTOHO CINEMASで、封切りされたばかりのジブリ映画《風立ちぬ》を観てきました。上の文章は、上映後の劇場の扉付近で見られた光景です。
平日の夕方の回にもかかわらず、学生や親子連れ等で劇場内はほぼ満席状態でした。ストーリーその他についてはジブリのHPでも御覧頂くとして、個人的感想としては『極めて哀しくも美しい物語』でした。
いろいろと思い起こして頂ければ分かると思いますが、ジブリ作品って実は明解なストーリー性を持ったものは非常に少なく、後は壮大な夢物語であることの方が多いのです。そういった意味で今回の作品は、ポスターや映画の冒頭にもある通り、
『堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて』
このコピーに全てが盛り込まれています。
時代の流れの中でモノを作り上げて来た人達は、時に様々な苦悩に苛まれることになります。ダイナマイトを発明して巨万の富を得たノーベルは、それが自分の意図から逸脱して戦争の道具に使われていることに心を傷めていました。零戦を作り上げた堀越二郎だって、それが戦争で使われることは分かっていても、後に零戦に乗った特攻隊員の若者達が『お国のために、それごと敵機に突っ込んで死んで来い!』などと命令されるとは、設計時には夢にも思わなかったでしょう。
そんな中で、菜穂子という美しい女性と出会ったっていい、菜穂子が労咳という当時不治の病を抱えて余命いくばくもないことを百も承知で二人が結ばれたっていい、例え医者である実の妹から医学的見地上何を責められても、二人の間に芽生えた相手を強く思いやる心を持って病院に入ることを選ばずに共に一間に暮らしたっていい、そんな深い愛情があったからこそ、二郎の成功の陰で菜穂子がそっと姿を消したっていい…それでいいんだと思うのです。
それが、いいモンと悪いモンに登場人物をハッキリ分けて、いいモンが悪いモンを打ち倒してチャンチャン♪という『ハリウッド式勧善懲悪』と、文部科学省という三流官庁から押し付けられた、本でも何でも『観たからには分からなければならない』とか『何らかの感想という答えを導き出さなければならない』という夏休みの読書感想文コンクール的思考回路が、マクドナルドのポテトの油と一緒にギラギラと脳みそにこびりついてしまった子供達には、残念ながら冒頭に書いた光景のように、例え100万回観たってこの映画の良さなんざ分かりゃしません。恐らくこういう子供達には、例えば泉鏡花なんか読ませても、恐らく頭の中が『?』でいっぱいになってしまうのでしょうね。
ちょっと話が飛躍しますが、かつて私の同期の結構やんちゃな男が柄にもなく花屋でバイトをしていた時、店長が不在の間に初老の御婦人が花を買いにみえたのだそうです。その時その御婦人が彼に、御自身が花束に入れるために選んだある花の名前を質問してきたのだそうですが、もとより花の名前など皆目分からなかった彼はその出来上がった花束を見て
「いや…何だか分かんないけど、綺麗でしょ?」
と、苦し紛れに答えたのだそうです。それを聞いた御婦人はしばらく大笑いした後で、そのままその花束をお求めになったということでした。後で帰ってきた店長にそのことを報告したらこっ酷く怒られたそうですが、後日かの御婦人が来店して
「私は間違っていました。ひとつひとつの花の名前を把握するなどという枝葉末節に捉われず、あの店員さんの仰る通り、ただ美しい花束を頂けたことだけで十分満足できましたし、先様にもただ喜んで頂けました。有り難うございました。」
と仰ったそうです。多分この二人は、この映画を観て感動できる人たちだと思います。
正に『Don't think! Feel!』、とにかく『分かろう』などと余計なことを何も考えずに、ただじっくりと観てみて頂きたいと思います。そして、様々な障害を乗り越えて愛し合う二郎と菜穂子を、温かく見守ってほしいと思います。そして、二郎が零戦の飛行実験が成功した陰で、人知れず姿を消した菜穂子の部屋を見て仲人夫人がポツリと…
「綺麗な姿だけ、見てほしかったのね…」
と呟いた時に、静かに頷いてあげてほしいと思います。
そして最後まで見届けて頂くと…何故この作品のエンディングに荒井由美の《ひこうき雲》が使われることになったのかがよ~く解ります。夏休み期間中、オススメです。
「ストーリーが全然わかんねぇ」 「『はぁ?』みてぇな(笑)」
「夢かと思ったら違ったり…」 「っつ~か、ど~でもよくねぇ?(笑)」
劇場の出口では高校生くらいの制服姿のグループが、声高に笑いながら「カラオケ行こーぜー!」と盛り上がっていました。その横を、同じ劇場から出てきた御婦人方が、目を真っ赤に泣き腫らして通り抜けていきました。
いきなり何の話かと思われたかも知れませんが、今日は海老名のTOHO CINEMASで、封切りされたばかりのジブリ映画《風立ちぬ》を観てきました。上の文章は、上映後の劇場の扉付近で見られた光景です。
平日の夕方の回にもかかわらず、学生や親子連れ等で劇場内はほぼ満席状態でした。ストーリーその他についてはジブリのHPでも御覧頂くとして、個人的感想としては『極めて哀しくも美しい物語』でした。
いろいろと思い起こして頂ければ分かると思いますが、ジブリ作品って実は明解なストーリー性を持ったものは非常に少なく、後は壮大な夢物語であることの方が多いのです。そういった意味で今回の作品は、ポスターや映画の冒頭にもある通り、
『堀越二郎と堀辰雄に敬意を込めて』
このコピーに全てが盛り込まれています。
時代の流れの中でモノを作り上げて来た人達は、時に様々な苦悩に苛まれることになります。ダイナマイトを発明して巨万の富を得たノーベルは、それが自分の意図から逸脱して戦争の道具に使われていることに心を傷めていました。零戦を作り上げた堀越二郎だって、それが戦争で使われることは分かっていても、後に零戦に乗った特攻隊員の若者達が『お国のために、それごと敵機に突っ込んで死んで来い!』などと命令されるとは、設計時には夢にも思わなかったでしょう。
そんな中で、菜穂子という美しい女性と出会ったっていい、菜穂子が労咳という当時不治の病を抱えて余命いくばくもないことを百も承知で二人が結ばれたっていい、例え医者である実の妹から医学的見地上何を責められても、二人の間に芽生えた相手を強く思いやる心を持って病院に入ることを選ばずに共に一間に暮らしたっていい、そんな深い愛情があったからこそ、二郎の成功の陰で菜穂子がそっと姿を消したっていい…それでいいんだと思うのです。
それが、いいモンと悪いモンに登場人物をハッキリ分けて、いいモンが悪いモンを打ち倒してチャンチャン♪という『ハリウッド式勧善懲悪』と、文部科学省という三流官庁から押し付けられた、本でも何でも『観たからには分からなければならない』とか『何らかの感想という答えを導き出さなければならない』という夏休みの読書感想文コンクール的思考回路が、マクドナルドのポテトの油と一緒にギラギラと脳みそにこびりついてしまった子供達には、残念ながら冒頭に書いた光景のように、例え100万回観たってこの映画の良さなんざ分かりゃしません。恐らくこういう子供達には、例えば泉鏡花なんか読ませても、恐らく頭の中が『?』でいっぱいになってしまうのでしょうね。
ちょっと話が飛躍しますが、かつて私の同期の結構やんちゃな男が柄にもなく花屋でバイトをしていた時、店長が不在の間に初老の御婦人が花を買いにみえたのだそうです。その時その御婦人が彼に、御自身が花束に入れるために選んだある花の名前を質問してきたのだそうですが、もとより花の名前など皆目分からなかった彼はその出来上がった花束を見て
「いや…何だか分かんないけど、綺麗でしょ?」
と、苦し紛れに答えたのだそうです。それを聞いた御婦人はしばらく大笑いした後で、そのままその花束をお求めになったということでした。後で帰ってきた店長にそのことを報告したらこっ酷く怒られたそうですが、後日かの御婦人が来店して
「私は間違っていました。ひとつひとつの花の名前を把握するなどという枝葉末節に捉われず、あの店員さんの仰る通り、ただ美しい花束を頂けたことだけで十分満足できましたし、先様にもただ喜んで頂けました。有り難うございました。」
と仰ったそうです。多分この二人は、この映画を観て感動できる人たちだと思います。
正に『Don't think! Feel!』、とにかく『分かろう』などと余計なことを何も考えずに、ただじっくりと観てみて頂きたいと思います。そして、様々な障害を乗り越えて愛し合う二郎と菜穂子を、温かく見守ってほしいと思います。そして、二郎が零戦の飛行実験が成功した陰で、人知れず姿を消した菜穂子の部屋を見て仲人夫人がポツリと…
「綺麗な姿だけ、見てほしかったのね…」
と呟いた時に、静かに頷いてあげてほしいと思います。
そして最後まで見届けて頂くと…何故この作品のエンディングに荒井由美の《ひこうき雲》が使われることになったのかがよ~く解ります。夏休み期間中、オススメです。