今日は《相模の大凧》として有名なお祭りを見るために、相武台下近くの相模川の川原に来ました。ここで毎年この時期に、日本一の大凧まつりが開催されます。
この大凧の歴史は意外と古く、江戸期天保年間からとも言われています。ただ、本格的に大きなお祭りになったのは明治の中頃からのようです。
始めは地域の子供の無病息災や五穀豊穣を祈願することが目的でした。それがいつしか地域のお祭りとして大きくなり、今では『相模の大凧まつり実行委員会』によって開催される相模原市の観光行事のひとつとなっています。
写真の巨大な凧は8間凧という、このお祭りで揚げられる最大のものです。一辺が8間、つまり約15m四方もの大きさがありますから、もはやちょっとした建て売り住宅の床面積に相当します。
ただ、大きさが大きさだけに問題もあるのです。何しろ重さ約1トンの巨大な凧ですから、揚げる糸…基、綱の太さだけでも約3~4センチ、長さは200mほどもあります。それを、100人前後の男たちが引っ張って揚げることになるのですが、これまでにも風力が弱くてこの巨大な凧を揚げるだけの揚力を得られなかったり、凧の骨組みがパーツに不具合が生じたりして、実はここ最近殆ど成功していないのです。
今日は朝からそれなりの風が吹いていたため、もしかしたら…という期体感が会場内を包んでいました。そんな期体感を一身に受けた男たちの手によって、

巨大凧が所定の位置に運ばれて行きます。
そこで綱の状態の最終確認を行って、あとは十分な揚力を得られるだけの風をひたすら待ち続けました。
そこへ、待ちかねた一陣の南風が吹き始めた瞬間を逃さず世話人が掛け声をかけると、引き手の男たちの手によっていきおいよく綱が引っ張られました。そして、

遂に巨大凧が風をはらませて浮かび上がりました。場内からは歓声が上がり、会場のボルテージは最高潮に達しました。
ふと見ると、更に上流域にある別会場で揚げられている小さめの、とは言っても6間もの大きさの凧が二つ揚がっていて、それらと一緒に8間凧が空中に躍る姿を

バッチリ収めることができました。
五月晴れの青空の下、数年ぶりに成功したという8間凧の凧揚げを間近に見て、清々しい気持ちになることができました。この大凧揚げは明日も行われます。
この大凧の歴史は意外と古く、江戸期天保年間からとも言われています。ただ、本格的に大きなお祭りになったのは明治の中頃からのようです。
始めは地域の子供の無病息災や五穀豊穣を祈願することが目的でした。それがいつしか地域のお祭りとして大きくなり、今では『相模の大凧まつり実行委員会』によって開催される相模原市の観光行事のひとつとなっています。
写真の巨大な凧は8間凧という、このお祭りで揚げられる最大のものです。一辺が8間、つまり約15m四方もの大きさがありますから、もはやちょっとした建て売り住宅の床面積に相当します。
ただ、大きさが大きさだけに問題もあるのです。何しろ重さ約1トンの巨大な凧ですから、揚げる糸…基、綱の太さだけでも約3~4センチ、長さは200mほどもあります。それを、100人前後の男たちが引っ張って揚げることになるのですが、これまでにも風力が弱くてこの巨大な凧を揚げるだけの揚力を得られなかったり、凧の骨組みがパーツに不具合が生じたりして、実はここ最近殆ど成功していないのです。
今日は朝からそれなりの風が吹いていたため、もしかしたら…という期体感が会場内を包んでいました。そんな期体感を一身に受けた男たちの手によって、

巨大凧が所定の位置に運ばれて行きます。
そこで綱の状態の最終確認を行って、あとは十分な揚力を得られるだけの風をひたすら待ち続けました。
そこへ、待ちかねた一陣の南風が吹き始めた瞬間を逃さず世話人が掛け声をかけると、引き手の男たちの手によっていきおいよく綱が引っ張られました。そして、

遂に巨大凧が風をはらませて浮かび上がりました。場内からは歓声が上がり、会場のボルテージは最高潮に達しました。
ふと見ると、更に上流域にある別会場で揚げられている小さめの、とは言っても6間もの大きさの凧が二つ揚がっていて、それらと一緒に8間凧が空中に躍る姿を

バッチリ収めることができました。
五月晴れの青空の下、数年ぶりに成功したという8間凧の凧揚げを間近に見て、清々しい気持ちになることができました。この大凧揚げは明日も行われます。