共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

ストラディヴァリウス大集合! #ストラディヴァリウス#ストラディヴァリ

2018年10月14日 22時20分45秒 | 音楽
今日は六本木ヒルズの中にある森美術館に来ました。

こちらでは現在《STRADIVARIUS ❛f❜enomenon〜ストラディヴァリウス 300年目のキセキ展〜》という展覧会が開催されています。何でも、現在外資系IT企業に就業しているかつての私の生徒が、この展覧会を主催している日本ヴァイオリンという会社との担当者をしているらしく、この展覧会のことを彼自身がFacebookに掲載していてくれたので来てみたわけです。

イタリア・クレモナに生まれたアントニオ・ストラディヴァリ(1644〜1713)は、現在のヴァイオリンの原型を完成させた始祖と言われているアマティ一族の一人ニコロ・アマティ(1596〜1684)に師事し、現代に通じるヴァイオリンの様式の完成に貢献した人物として有名です。アマティ工房から独立後、既存のデザインを刷新しながら、最高の材料と卓越した職人技によって、音響と美観を併せ持つ名器『ストラディヴァリウス』を生み出しました。

この展覧会では、アントニオが93年もの長きに渡る生涯の中で作り出したストラディヴァリウスの響きが人間に与える美しくも不思議な現象を❛f❜enomenonと称し、

❛f❜oundation 〜 誕生について
❛f❜orm 〜 形づくられるまで
❛f❜ormula 〜 音の秘密について
❛f❜uture 〜 未来について

の4つの❛f❜のテーマに沿って、国内外から21挺ものストラディヴァリウスを一堂に集めて展示し、一部の楽器は優れた演奏者によって実際に演奏もされるという、何とも贅沢な展覧会なのです。

会場に入ると、先ずはストラディヴァリの師匠筋のアンドレア・アマティ作のヴァイオリン『シャルル9世』がお出迎えしてくれます。1566年製というこのバロックヴァイオリンは小ぶりながら大変優美な姿をしています。ただ、ペグと指板、緒止めといったパーツは新しいものになっていたのは仕方ないこととして、駒がバロック様式ではなくモダンの駒が着けられていたのが若干興ざめでした。

その次に、ストラディヴァリウスを目指す現代の名工たちの作品が並べられ、その名工たちが実際に来場して、ヴァイオリンの制作過程や実際に使用している道具を見せてくれるコーナーもありました。 

アントニオの死後、その技は二人の息子に継承されました。しかし、何故かその後の世代にアントニオの技術が伝えられることは無く、数多の名器を生み出した工法やニスの配合等、ストラディヴァリウス製造に関わる全てが、息子たちの死後途絶えてしまったのです。

それからの科学技術の発展は、皆様御存知の通り目覚ましいものがあります。しかし、工作機器や製作の道具も格段に進歩し、一方で現存しているストラディヴァリウスについて今までにも様々な科学的アプローチで研究が為されているにも関わらず、今でもストラディヴァリウスを超える弦楽器は生み出されていません。これが、今の弦楽器職人たちにとっての永遠の課題といってもいいと思います。

ストラディヴァリウスと他の楽器との違いは何処にあるのか…。

一時期は『ニスに琥珀や蜜蝋といった特殊な素材が含まれ、独特な秘密が施されているに違いない』という『ニス説』がまことしやかに言われていました。しかし、2009年にフランスとドイツの専門家合弁チームが『ニスの素材は18世紀のクラフトマンの間で一般的だった油と松ヤニの2種類のみを使った極めて普通のものだったことが判明した』と発表したため、それまで有力だったニス説は崩れてしまい、再び謎は謎のままになってしまいました。

他にも木の経年変化や傷との関連等も言われているのですが、今尚ストラディヴァリウスの極上の響きの謎については科学的解明が進められている最中です。

さて、その次の部屋から、いよいよ本物のストラディヴァリウスとのご対面です。

先ず、一番上の写真は《サン・ロレンツォ》と名付けられたヴァイオリンです。1718年製ということなので、ちょうど今年で300歳の齢を迎えます。

この楽器の横板には、『栄光と富は、その家にあり』という、ストラディヴァリウス直筆の文字が刻まれています。現在世界中に600挺存在しているストラディヴァリウスの中で、アントニオの直筆がボディに入ったものはこの1挺のみなのだそうです。

この楽器、かつてはフランス王妃マリー・アントワネットの専属ヴァイオリニストにして作曲家のジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティが所蔵していたものです。つまり、アントワネットが実際に日々このヴァイオリンの音色を聴いていたであろうと思われる、極めて貴重な一挺なのです。そう考えると、スゴいですよね…。



これは《ギブソン》と銘打たれたヴィオラです。ストラディヴァリはヴィオラも手がけていたはずなのですが、実は現在12挺しか実物が存在していません。この《ギブソン》はストラディヴァリが90歳頃に手がけた最後のヴィオラといわれており、ニックネームはこの楽器を愛用していたジョージ・アルフレッド・ギブソンの名に由来するものです。

数多くの名器が展示されていましたが、その中でちょっと変わり種だったのが



1679年製のギター《サビオナーリ》です。

15世紀終盤頃、ヨーロッパ各地で人気を博したギターの多くがヴァイオリンの聖地クレモナで製造されていて、ストラディヴァリだけでなく師匠のアマティやグァルネリ等の人気作家も手がけていたと言われています(あと、枠しか残っていませんが、ストラディヴァリが製作したハープも世界に1挺だけ現存しています)。

ストラディヴァリウスのギターは世界に5〜6挺ほど現存しているそうですが、現在でも演奏可能なギターはこの《サビオナーリ》1挺だけなのだそうです。

現代のギターと違って弦を巻き上げるペグはヴァイオリンのものと同じ形をしていますし、1弦以外はリュートのように複弦になっています。サウンドホールも穴が開いているのではなく、リュートのように細密なアラベスク模様が刻まれていて、華やかな印象を与えてくれます。

この他にも



会場内にはストラディヴァリウスの名器たちがズラリと勢揃いしています。下世話な話ですが、この展覧会に集められたストラディヴァリウスの総額は約210億円なのだそうで…(@_@。

例えば、上の写真で一番手前に写っているのは1690年製の《メディチ,タスカン》という銘のヴァイオリンですが、元々はあのトスカーナの名門貴族メディチ家のクインテット(ヴァイオリン✕2、ヴィオラ✕2、チェロ✕1)のために製作された作品のひとつで、その後19世紀の名ヴァイオリニストにしてブラームスの親友でもあるヨーゼフ・ヨアヒムが、その音色の素晴らしさに感嘆したという名器です。ということは、このヴァイオリンの音をブラームスも聴いていたはずですし、もしかしたらブラームスの『ヴァイオリン協奏曲』や『ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲』の初演では、ヨアヒムの手によってこのストラディヴァリウスが使われたかも知れないのです…!

更にそのすぐ後ろに展示されているのは1704年製の《ヴィオッティ》と名付けられたヴァイオリンで、《サン・ロレンツォ》と同じくマリー・アントワネット専属ヴァイオリニストであるジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティが所有し、生涯手放さなかったという名器だったり、ヴィオラ《ギブソン》の手前に置かれているのは1726年製の《グレヴィル、アダムス、クライスラー》というストラディヴァリウス晩年期の作で、1908年に『愛の喜び』や『美しきロスマリン』の作曲者としても知られる20世紀の名ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーの手に渡って愛奏されていたものだったり…と、何だか歴史上のビッグネームが当たり前のようにズラズラと関わっていて目眩がします。

また、会場内では『ライヴセッションプログラム』と題したミニコンサートも開かれていて、今日は世界的ヴァイオリニストのジェラール・プーレ氏が《サン・ロレンツォ》を使用してのコンサートを開催していました。300年もの齢を重ねたストラディヴァリウスは尚艷やかで、居合わせた来場者たちはその輝かしくも繊細な響きに酔い痴れていました。

時を超えて数多の名手たちに受け継がれてきたストラディヴァリウスという人類の至宝を、生きた文化財として未来に受け継いでいく…そのためには研究と共に楽器の保全についても考えていかなければなりません。そのために、かつて往年の名手たちが手にしていたいくつかのストラディヴァリウスは現在様々な企業や法人が所持しており、その楽器を後世の演奏家に貸与というかたちで委ね弾き継いでいく…ということが行われています。こうしたことは恐らく【クラシック音楽】の世界だからこそできることとして、弾き手にとっても聴き手にとっても特別な音楽体験を可能にしているのではないでしょうか。

これだけのストラディヴァリウスを一度に観賞するということは、恐らくクレモナの楽器博物館にでも行かない限り出来ないでしょう。そういった意味で、一弦楽器奏者として大変有意義な一日となりました。

この展覧会は明日まで、六本木ヒルズ内の森美術館で開かれています。こんな機会は滅多にないことですので、特に都内在勤で興味のある方はお勤め帰りにでも寄ってみては如何でしょうか。
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