共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

謎の『F管トランペット』が大活躍!華やかな《ブランデンブルク協奏曲 第2番 ヘ長調》

2024年09月07日 18時15分00秒 | 音楽
今週は本格的に小学校勤務がスタートして、いろいろなことがありました。そして、夏休み中に鈍っていた感覚を子どもたちだけでなく大人たちも取り戻さなければならず、ものすごくつかれました。

こういう週末には、とにかく休養して心身をリセットするのが一番です。ということで、今日は自宅で音楽を聴きなから静かに過ごしていました。

何となく気分をスッキリさせるために、



今日もバッハの《ブランデンブルク協奏曲》のレコードを聴いていました。そんな《ブランデンブルク協奏曲》の中から、今回は第2番をご紹介しようと思います。

前回ご紹介した第6番もなかなかですが、《ブランデンブルグ協奏曲 第2番》の楽器編成は、これまた他に類をみないものです。楽器編成は

【ソロ楽器】
F管高音トランペット・オーボエ・リコーダー・ヴァイオリン
【合奏】
ヴァイオリン I・ヴァイオリン II・ヴィオラ・通奏低音(チェロ・ヴィオローネ・チェンバロなど)

となっています。

《ブランデンブルク協奏曲 第2番》は4つの独奏楽器と弦楽合奏による協奏曲ですが、先日ご紹介した第6番と正反対に編成が高音楽器に偏っています。しかもこの曲の最低音楽器であるヴィオローネは標準サイズの8フィートの楽器を使いますから、いまひとつ低音感がありません。

4つの独奏楽器群の中でも、とりわけ無理難題を強いられるのはトランペットです。

当時のトランペットは



金管を丸めただけでヴァルヴの無いナチュラル・トランペットです。この楽器は自然倍音の中にある音を出すので、専門的に言うとその倍音プラスα以上の音が出せる奏者でないと、この曲を吹くことはできません。

バッハの要求は更に厳しく、そんなトランペットに超高音を吹かせておいて、



尚且つヴァイオリンのように速いパッセージをどんどん演奏させています。実際この曲のトランペットパートは、オーボエ・リコーダー・ヴァイオリンと同じ旋律をフーガでリレーして吹きこなさなければならないように作曲されています。

ナチュラル・トランペットでの演奏は勿論至難ですが、だからといって機能的に勝るモダン・トランペットでも容易く吹ける曲ではありません。それどころか、



高音域専用のピッコロトランペットが登場した1950年代以前は、この曲は実質『演奏不可能』な作品でした。

ここでひとつ問題になるのが、

「そもそもこの曲には本当に『F管トランペット』なるものが用いられたのか?」

ということです。確かに、



楽譜の一番上には『Tromba(イタリア語でトランペット)』と書いてありますが、本当にそうなのでしょうか。

これまでに『F管高音トランペット』なるものの実器は、ヨーロッパのどの地域でも見つかっていないそうです。だとするとこのF管トランペットは、第6番の超低音ヴィオローネのように『かつてあったはずのニッチな楽器』なのでしょうか。

これに関して私見を述べるならば、2つの可能性が考えられると思います。先ず第一には『F管トランペットという楽器が必要ということはなかった』ということです。

今でこそチューニングのピッチはA=440~445Hz と全世界で定められていますが、これは20世紀に入ってからのことで、それ以前は実はコンサート・ピッチというものは明確に定まっていませんでした。それまでピッチは地域によりけりで、18世紀当時だとフランス・ヴェルサイユの392Hz(ほぼ現在のソ)から北ドイツの496Hz(ほぼ現在のシ)まで様々なピッチが存在していて、その差は最大で約2全音分もの大きな開きがあります。

こうしたチューニング事情は19世紀に入ってからも続いていて、かつてブラームスがピアニストとして地方に演奏旅行に行った時に、現地のピアノが想定より1音低くチューニングされていたことがありました。同行していたヴァイオリニストは激怒して演奏会をキャンセルしようとしたものの、ブラームスがその場の機転で全ての音を1音上げて演奏して喝采を受けた…という逸話がありますが、言い方は悪いですがそのくらい当時のヨーロッパのチューニング事情というのはいい加減だったのです。

話をバッハに戻しますが、当時の管楽器奏者はそうした幅広いチューニング事情を汲んで、様々な場所で演奏するために替えの楽器や替えの管をいくつも携帯していました。例えば496Hzの北ドイツでD管として用いられたトランペットを415Hzの地方に持っていけば実質2度高いF管として響くため結果的にはD管がF管に化けることになるので、特別に『F管』と名のつくトランペットがなくてもよかったのではないか…ということです。

そんなわけで、先ずは珍しい高音域トランペットが響く《ブランデンブルク協奏曲 第2番》をお聴きいただきたいと思います。ネザーランド・バッハ・ソサエティの演奏で、先日ご紹介した渋い第6番とは対極にある華やかな音楽をお楽しみください。



さて、もう一つの私見は『実はこのパートはトランペットではなかったのではないか』ということです。何を言い出すのかと思われるかも知れませんが、もしかしたらホルンだったのではないか…という可能性も捨てきれないのです。

《ブランデンブルク協奏曲 第2番》では、



トランペットと他のソロ楽器が3度や6度のハーモニーを聴かせるところが多々出てきます。つまりトランペットパートは、オーボエやリコーダーやヴァイオリンが対等にバランスがとれる音量で吹かなければならないわけです。

ただ、オーボエやヴァイオリンはともかく、リコーダーはひとたびトランペットが華々しく響くと完全に消し飛んでしまいます。しかし、1オクターブ低く響くホルンならばリコーダーと絡んでも消し飛んでしまうということはありませんし、そもそもホルンはF管が一番一般的な楽器なので、より自然なのです。

近年ではそんな可能性を考慮した演奏もされるようになってきていますので、その一例も載せてみました。終楽章のみですが、スヴァピンガ・コンソートによるホルンバージョンでの演奏で、従来のトランペットバージョンとの響きの違いを聴き比べてみてください




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