ゲートボール(GB)日記

まちなかの公園でGBを楽しんでいます。GBは老若男女一緒に楽しめる数少ないスポーツの一つです。まちびと

しょうがないと言って安全に関する学問を軽視

2014年08月23日 | Weblog
多くの学者が日本の町は災害に弱いと警鐘を鳴らすが、役所も人々も生活のためにはしょうがないと言って災害が来ないことを祈って、あるいは来ないとかけて危険な町づくりを行います。
そして被害を受けます。
原発による放射能汚染被害もしかり、今回の広島市の泥流被害もしかり、すべて安全に関する学問を軽視して被害を受けています。

学問は大切と言いながら学問を活かせない原因はいったい何でしょうか。
貧困でしょうか。
貧困な思考でしょうか。

私が住んでいる横浜は台地が浸食を受けて複雑な山谷ができている地域です。
大きな山はありませんが、細い丘陵、細い谷部が複雑に入り組んでいます。
地形は美しいのですが、これからも浸食を受ける変形しやすい地域と思います。
しかし高度経済成長時代、東京のベッドタウンとして人口が急増すると、あれよあれよと言う間にまず谷部、そして次に山の上、そして近年は山の斜面が住宅で覆われました。
町としての安全基準を考える暇もなかった感じです。
航空写真を見ると広大な灰色の地域にわずかに緑の島が残っている状態がよくわかります。

昔は谷部の河川の氾濫がよく起こりましたので、遊水地の建設とか、河川の改修はよく行ってきたと思います。
しかしこれ以上は譲れない住宅密集度はあったはずです。
横浜の危険度は上がったと思います。
危険な町にしてから防災を考えていると思います。

安全に関する学問知識を重んじて町づくりの基準を修正し、100年の計で、持続的生活・生産ができる地域に改善していくことが大事ではないでしょうか。
横浜は人口減少時代に入ったそうです。
駅から離れた所は空き家が増えつつあると思います。
人口減少を嘆かず、町づくりの基準修正の時代に入ったと考え、もうちょっと安全に配慮し、弱点を除去するような町づくりを行なうといいと思います。
単に災害が来ないことを祈るとか、災害が来ないことにかけるような非学問的町であってはいけないと思います。

なお、安全にすることに加え、電力線、通信線を共同溝に入れるとか、都市ガスをやめ、電化するなどの大きな長期目標を持つと市は力強い町づくりができるのではないでしょうか。
市民の力も引き出せるのではないでしょうか。

電力は東京電力に依存するのではなく、区単位、町単位で供給をどうしようかと考えるようになるといいと思います。
廃熱も給湯に利用する高効率火力は区単位、町単位でないと実現しないと思います。
太陽発電は個人単位でも実行可能です。

区を自治区とし、区長公選にするといいと思います。
区議会があっていいと思います。
私が住んでいる区は人口30万人です。


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