舒明天皇陵から山道を少し登ると、鏡女王(かがみのひめみこ)の古墳が見えて来ました。
鏡女王は額田王(ぬかたのおおきみ)の姉といわれています。

この古墳を管理しているのは、宮内庁ではなく談山保存会のようです。藤原鎌足の正室ということで、談山神社が管理しているのでしょう。

円墳のように見えました。

案内板に鏡女王のことが詳しく書かれていました。

さらに山道を登っていきます。

見えて来たのは、大伴皇女押坂内墓と呼ばれる古墳です。

大伴皇女(おおとものひめみこ)は、日本書紀によれば欽明天皇の皇女と記されている女性です。

皇女ということで宮内庁の管轄でした。

再び集落へと戻って来ました。神籠石(じんごいし)と呼ばれる大きな石がありました。神武天皇にまつわる伝説がありました。

再び旧街道(忍阪街道)を進みます。

すぐに石位寺(いしいでら)に到着です。ここには白鳳時代の「薬師三尊石仏」(国の重要文化財)が安置されています。拝観するには事前に申し込みが必要だそうです。

境内にはこんな石碑もありました。

石位寺石段を下りたところにあった石仏です。

石位寺を訪れたあとは、国道166号線に沿って桜井まで歩いてもどりました。
桜井の手前まで来ると大きな前方後円墳があります。桜井茶臼山古墳と呼ばれる古墳です。ここも以前から行きたかった古墳です。

桜井駅から近鉄電車の急行に乗って、一路大阪をめざしました。

久しぶりに古墳もめぐることができて、楽しい街道歩きになりました。古代史というのは、はっきりと分からない部分も多く、それだけ歴史ロマンに満ちているといえるでしょう。また、何処か古代史の舞台を歩きたくなってきました。
※訪問日 2018,11.16
鏡女王は額田王(ぬかたのおおきみ)の姉といわれています。

この古墳を管理しているのは、宮内庁ではなく談山保存会のようです。藤原鎌足の正室ということで、談山神社が管理しているのでしょう。

円墳のように見えました。

案内板に鏡女王のことが詳しく書かれていました。

さらに山道を登っていきます。

見えて来たのは、大伴皇女押坂内墓と呼ばれる古墳です。

大伴皇女(おおとものひめみこ)は、日本書紀によれば欽明天皇の皇女と記されている女性です。

皇女ということで宮内庁の管轄でした。

再び集落へと戻って来ました。神籠石(じんごいし)と呼ばれる大きな石がありました。神武天皇にまつわる伝説がありました。

再び旧街道(忍阪街道)を進みます。

すぐに石位寺(いしいでら)に到着です。ここには白鳳時代の「薬師三尊石仏」(国の重要文化財)が安置されています。拝観するには事前に申し込みが必要だそうです。

境内にはこんな石碑もありました。

石位寺石段を下りたところにあった石仏です。

石位寺を訪れたあとは、国道166号線に沿って桜井まで歩いてもどりました。
桜井の手前まで来ると大きな前方後円墳があります。桜井茶臼山古墳と呼ばれる古墳です。ここも以前から行きたかった古墳です。

桜井駅から近鉄電車の急行に乗って、一路大阪をめざしました。

久しぶりに古墳もめぐることができて、楽しい街道歩きになりました。古代史というのは、はっきりと分からない部分も多く、それだけ歴史ロマンに満ちているといえるでしょう。また、何処か古代史の舞台を歩きたくなってきました。
※訪問日 2018,11.16