はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「はがき随筆」持ち寄り合評

2010-03-10 23:08:59 | 毎日ペンクラブ鹿児島
14日、大隅地区勉強会お気軽に参加を

 「はがき随筆」「女(男)の気持ち」など毎日新聞投稿欄の愛好者でつくる毎日ペンクラブ鹿児島(岩田昭治会長)の大隅地区勉強会が14日午前11時から、鹿屋市北田町の「この路」(中央公民館そば)である。
 各自が、はがき随筆の体裁(題名7字以内、本文約250字=14字×18行程度)の作品を持ち寄り、互いに読んで批評し合う合評会形式。平山千里・毎日新聞鹿児島支局長が講評す準る。会費は昼食代含め↓OOO円。
 他地区の会員や、会員でない人も自由に参加できる。参加希望者は12日までに西尾さん(0994・43・3702)に申し込みのうえ、当日までに作品を準備する。問い合わせは西尾さんへ。


遺影

2010-03-10 22:55:56 | 女の気持ち/男の気持ち
 「父さん、どれにする?」
 促す私に父は震える手で1枚の写真を指さした。
 「よう写っとる。これがいい」
 そう言うと、かすかな笑みを浮かべた。
 痴呆の進んだ父が一瞬正気に戻った時の出来事だった。
 半月後、父自身が決めた写真が遺影となり、祭壇を飾った。
 あれは8年前の晩秋。父の死が近いことを悟った私は一大決心をし、オムツをあてた父を車に乗せて、父の青春の輝きの地、そして誇り高き海軍軍人として過ごした佐世保へと車を飛ばした。父の遺影を撮るためである。そして錨のモニュメントがある公園を見つけた。
 ファインダーをのぞくと、雲ひとつない青空の下、錨の台座に腰を下ろし、海を眺めるとても穏やかな顔をした父がいる。背の向こうには佐世保駅の「させぼ」の宇もはっきりと見える。私は確信した。ここだ、ここしかない-と。
 後日、焼き上がった十数枚の写真を前に父に話しかけた。
 「父さん、死は順不同。気に入った写真を用意していたら安心して長生きできると思うよ」と。親子として向き合った今生の別れの写真だった。
 何の孝行もできなかった私であるが、父自身が決めた遺影を飾ってあげることができた。それが、せめてもの自分への慰めとなっている。     
  北九州市若松区 安元 洋子・59歳 2010/8 毎日新聞の気持ち欄掲載

還暦雛

2010-03-10 22:30:14 | 女の気持ち/男の気持ち
 59回目の雛人形を例年通り飾った。60年前、娘の誕生を祝って里の母が乏しい財布をはたいて買ってくれた雛人形。決して豪華な品ではないが、母の精いっぱいの贈り物だ。
 当時狭い借家住まいだったが、皆で床の間に緋毛氈を敷いて御殿を組み立てた。金屏風の前にまず内裏様2人を。続いて三人官女、五人囃子と飾っていく。あのワクワク感が忘れられない。生後半年の娘も、わけは分からぬまま美しい人形や御殿、灯のともったぼんぼりを見て、手をたたいて大喜びした。はいはいしてせっかく飾ったものをつかんだり落としたり、大変だったことを思い出す。
 5年後に弟が生まれ、乱暴に触るので「ダメよ。お姉ちゃんのだから」と娘がしかっていた。それでも飾り続けて59回目を迎えた。
 母も姑も逝き、娘は結婚して今年還暦を迎えた。孫もいる娘に毎年、「今年
も飾ったよ」と電話すると、「ありがとう」と時々見に来る。      
 「御殿も古びたし、人形の髪も少し乱れ、衣装も色あせたね。でも白い優しい
お顔は昔と変わらずきれいね」と懐かしむ。
 桃の花とスイセンを活け、ひなあられを供えると、殺風景な老夫婦の部屋は、ぱっと華やかになる。背も丸くなった老夫婦。今は形見となった雛の前で昔の思い出に浸る。
 今夜は白酒で乾杯だ。娘の還暦を祝い、苦労多かった母の冥福を祈って。
  山□県周南市 近藤 道子・82歳 2010/3/3 毎日新聞の気持ち欄掲載




前向きな訳

2010-03-10 22:24:43 | 女の気持ち/男の気持ち
 夫が脳梗塞で倒れ、施設での車いす生活は2年半を過ぎようとしている。あれから症状はほとんど変わらず、立って歩くことも、1人でトイレに行くこともできないでいる。が、本人はいたって前向きに毎日を送っている。ただ、前向き過ぎて困ることも多々あるのである。
 季節の変わり目など、時々外に連れ出してはいるが、車の速度が速まると「お前も運転が下手になったなあ。よし、オレが運転しよう」と言ったりするのだ。私は腹を立て、「どの手と足で運転できるの」と返してしまう。
 横を見ると夫は窓の外を心なしか寂しそうに見ている。厳しい現実と向き合うことは夫の体力と気力では酷なのかもしれない。自然とそれを回避しているのだろうか。
 「帰ったらトラクターに乗る」そうである。「孫が来たら小野湖でワカサギ釣りを教える」そうである。
 そんな日は絶対来ない!とは限らない……、つられて私も前向きになり過ぎることがある。
 そんな昨年2月、ある川柳に出合った。
  前向きな訳は
   後ろががけだから
 今年、万能川柳の殿堂入りを果たした水野タケシさんの句である。その句を目にした時、笑って笑って、しまいには涙になってしまった。
 後ろのがけは越えて来たがけと思えばいいのかな、水野さん。

山□県宇部市・パート 渡辺 峯子・63歳 2010/3/6 毎日新聞の気持ち欄掲載

バックアップを

2010-03-10 22:14:26 | はがき随筆
 「毎日新聞への投稿者や愛読者などの相互親ぼくをはかる」と、会誌に初代会長が述べていらっしやる。
 3代目会長である私は、親ぼくをはかると共に、1入でも多くの会員を増やすことに努めるべきであろう。幸い、秋の研修会で新入会があり、毎日ペンクラブ鹿児島が勢いを増した感を受けた。また地区勉強会の回数も増え、作品づくりの向上や支局長の講評の有り難さに感謝している。中味の濃い鹿児島「はがき随筆」である。
 今後さらに、会員や投稿者、愛読者のバックアップを受け、何らかの形で成果を……。
 出水市 岩田昭治(70) 2010/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載


賞味期限

2010-03-10 22:10:49 | はがき随筆
 京セラ稲盛名誉会長の講演で「人は20歳まで成長期、それより60歳まで生活期、90歳までは人生の大切な賞味期間です。これよりが本当の人生です」。淡々とした講演の記憶が強く残っている。もちろん90歳以上でも現役で立派に活躍される方も多いけれど、私どもは幸運にも賞味期間の折り返し点を過ぎた年齢。この話を妻にすると「2人で賞味期間は27年になるわ。後は大丈夫なのネ」「ウン、それは仏さんの手のひらの上にあるから任せろよ」。妻の表情は笑って「じゃ残りをより大切にネ」。外は降灰のキンカンが昨夜の強雨できれいな完熟に輝いている。
  鹿屋市 小幡晋一郎(78) 2010/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載


届いたワープロ

2010-03-10 22:08:22 | はがき随筆
 ワープロを使い始めてから25年になる。当時はまだパソコンを使う人はあまりいなかったような気がする。この間、3台を使ってきたが、ついに寿命が来てしまった。修理しようにも「部品がない」と言う。正月に帰省した子供たちが異口同音「パソコンに切り替える良い機会だ」と言う。しかしエクセルだのワードなどと聞いただけで拒否反応を起こす。その様子を察してか後日、息子から「インターネットで調べたら中古品がいろいろある。機種や型を」とメールが来た。数日後、新品同様の逸品が届いた。感謝感激。どうやらパソコンには縁がなさそうです。
  志布志市 一木法明(74) 2010/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載


ハイボール

2010-03-10 21:57:01 | はがき随筆
 ハイボールがはやっているらしい。ウイスキーのソーダ割りである。出張した東京の飲食店の壁には、宣伝の張り紙が。行きつけの騎射場の店でも、酒類メニューに新しく加えられた。
 アルコール類に手を出し始めた1960年代末ごろはコークハイだった。ソーダは古いと、安いウイスキーを当時はやりのコーラで割った。飲みながらビートルズやサイモン&ガーファンクルを聞き、時代と共に走っている気分に酔っていた。時がたち今は焼酎党だが 「昭和を思い出そう」と言い訳しハイボールを注文。女優のCMにころっと参ったことは内緒に。
  鹿児島市 高橋誠(59) 2010/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載




入院心得

2010-03-10 21:53:15 | はがき随筆
 人生2度目の入院をすることになった。最初は30年近く前、職務中の腹痛に耐えられず診療所に駆け込むと検査のできる病院へ運ばれることになりそのまま入院。絶食を強いられ検査、検査の日が5日続いた。原因は一向に明確化せず腸閉塞かもと言われたのが病名らしきもの。ただ空腹の耐え難さと闘う日々。仕事を片付けてまた来ますと逃げるように退院した。
 3日後に迫った今回は? 事前準備は万全。下着からすべて前が開けられる物を用意し、先生のおっしゃることを愚直に守り、この随筆が掲載されるころには退院と勝手に決めている。
  志布志市 若宮庸成(70) 2010/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載


母の味

2010-03-10 21:49:38 | はがき随筆
 母の十三回忌に、県外に住む弟たちが帰って来た。「法事ん後は何か食け行っが」と言うと2人とも「兄貴んラーメンが良か!」。「おう、あいか」。その日、私は少年の日と同じ棒ラーメンを使った。ああ、あれから何年になるだろう。あの日、母は調理のコツを病床から教えてくれた。あの時の懐かしい味を私は再現したのだった。時に母の口伝の料理をすると語って帰った弟たちに、刀身の美しい包丁を送った。「カレーも肉じゃがも鶏飯も作れ。母さんの子だ。上手に出来る」と手紙を添えた。いつか安らかな母の寝姿を思い浮かべていた。
  出水市 中島征士(64) 2010/3/9 毎日新聞鹿児島版掲載


銀盤の熱闘

2010-03-10 21:36:27 | はがき随筆
 冬季五輪の華、女子フィギュアの「宿命の対決」で、神様は粋な計らいをした。
 SPでは、真央選手とヨナ選手が前後で競い、共に完ぺきな演技で高得点を出した。真央選手に金メダルの期待がかかる。
 フリーは、ヨナ選手が3回転ジャンプや華麗な表現力で驚異的な点数を出し、真央選手にプレッシャーをかけた。息をのみ真央選手のトリプルアクセルに手を合わせる。成功! 会場が沸く。だがー後半のミスで悔し涙の銀メダル……。ソチでは真央スマイルをぜひ見たい。
 銀盤の熱い闘いで感動をくれた選手たち、ありがとう!
  出水市 清田文雄(70) 2010/3/10 毎日新聞鹿児島版掲載

献血車が来て

2010-03-10 21:33:28 | はがき随筆
 毎年2月にわが事務所に献血車がやってくる。献血カードを見たら丸2年していなかった。
以前、渋谷や有楽町の献血ルームに行ったことも何度かある。
 最近は体重が減り、本来なら400㍉㍑はできないのだが、これまでの実績?から、採ってもらうことになった。赤血球数などもばっちりである。かつて成分献血をすると、ポイントを三つもらえたころがあり、今回が100回目。
 そもそも父が手術の時に輸血を受け、誰かへお返ししたいと思い、20代半ばから始めた献血。65歳まであと何回できるか、健康で役立ちたいと思う。
  鹿児島市 本山るみ子(57) 2010/3/8 毎日新聞鹿児島版掲載

三人三様の同情

2010-03-10 21:21:09 | はがき随筆
 レジの女性に「料理の本はどの辺に並べてありますか」と問う。彼女はプッと噴き出しお困りですか」と同情される。
 別の女性が売り場へ案内し「奥様がご病気でも?」。「母のために必要です」と笞えた。
プッと噴き出した彼女は肩で笑って、いたく同情された。
 買い求めた本でブロッコリーのあんかけが完成。試食した母がプッと噴き出し、味が薄いとピシャリ。料理は一日にして成らずと、これまた同情された。
 [日に三人三様の同情をされて「やだやだ。独り身はもう嫌だ」。明日はスーパーで、飛びきりの嫁さんを買って来よう。
  出水市 道田道範(60) 2010/3/7 毎日新聞鹿児島版掲載

五輪

2010-03-10 21:04:08 | はがき随筆
 円の中にもう一つの円がある「二重丸」の間柄を続けてきたつもりの夫と私は、今やほとんど重ならない二つの円になった。互いに頑固でぎくしやくしている。故障の多い体のことなど棚に上げて、不平不満を言う私の方にも大いに原因がある。
 五つの円が織りなすオリンピックの五輪マークは美しい。心躍る気分さえ醸し出す。
 五輪の「輪」は「わ」と読める。「和」なのだ。語気を和らげる努力をしなければ。
 五輪は「いつわ」とも読めると気づいた。夫も私も、歌手の五輪真弓さんの大ファン。
 五輪は、すばらしい!
  鹿児島市 馬渡浩子(62) 2010/3/6 毎日新聞鹿児島版掲載