はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

手を握りしめて

2010-04-09 22:42:52 | はがき随筆
 「お父さんは、どこ?」
 「お父さんは、ここでしょう」
 「違うよ、僕のお父さん」
 「もう、亡くなってるよ」
 「…そうか、寂しいなあ、お母さんもか。お母さんが、ここにいてくれたら元気がでるんだけどなあ」
 半身マヒの夫は、そう言って朝からため息をつきました。夫は13歳の一人娘のお父さんですが、時々、子供にもかえります。それは、気持ちがとっても落ち込んで不安感が強い時です。娘と私でも、埋められない気持ちです。夫の手をしっかりと握りしめているしかありません。
  鹿児島市 萩原裕子(57) 2010/4/9 毎日新聞鹿児島版掲載

2010-04-09 22:23:36 | はがき随筆
 春の嵐が去った朝の庭、大小、の楠の葉がすき間なく散り敷いている。小さな厚みのある芽を開いたら地味な楠の花だった。小さな芽は花びらだ。
 ここへ住んで三十余年、まず驚いたこと。それは落葉は秋だけの営みと思っていたのに、楠の葉は春三月の初めに散り始め四月にかけて終わり、梢はまばゆい新緑の若葉に変わる。実に大木は裸になることもなくゆっくりと新旧の葉の衣替えをする常緑樹であることを知った。
 雨上りの落葉は多い。20㍑入りの空き缶で十杯かな。日に日に腐葉土の山が高くなるのも楽しみだ。
  鹿屋市 徳永ナリ子(83) 2010/4/8 毎日新聞鹿児島版掲載  
写真はマグナさんより

嫁ぐ前に

2010-04-09 22:21:00 | はがき随筆
 昭和42年4月、嫁ぐ2日前の日のこと。ふる里隼人の実家で全盲の父が、のたもうた。
 「テル子、まっここに座れ。お前は離婚して戻って来なければ、嫁に出す。戻って来るようだったら、嫁に行くな。はっきり誓いなさい」 
 「はい。戻って来ませんので結婚させて下さい」
 文通で知り合い、学校を卒業したばかりの私の結婚が心配だったのだろう。遠方の山口へ旅立つ娘に、揺れ動く親心。42年たった今、天国の両親に言えなかった心残りのあいさつ。
 「長い間お世話になりました。ありがとうございました」
  山口県光市 中田テル子 2010/4/7 毎日新聞鹿児島版掲載