はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

スイスへ行った

2014-09-04 00:19:35 | 女の気持ち/男の気持ち


 中学時代から山歩きが好きだった私は近くの矢筈岳や紫尾山によく登った。ためたお年玉で登山靴とヤッケを買ったのは高2の時だ。早速、親友と雪の紫尾山へ行った。山頂で日本アルプスへの思いを語ったのは遠い青春の日の思い出だ。
 中三の時、新田次郎の「風の中の瞳」に出会った。以来、新田作品を読み続け、本棚には彼の作品が今でも並んでいる。
 歩けるうちだ!――そう思った私は今年6月末、スケッチブックとカメラを携えスイス旅行に出かけた。雪化粧のアイガー、マッターホルン、モンブラン……。日々、新田ワールドの中にいた。咲き乱れる高山植物を眺め、ゆっくり歩いた。マッターホルンをスケッチした。涙が流れてきた。
 「元気かい。元気だよ」
 妻宛にスケッチした山の絵はがきを登山鉄道の駅で投函した。アイガーグレッチャー駅からクライネシャイデック駅まで歩いて下りると、近くに小さな墓があった。「新田次郎ここに眠る」
 思いも寄らぬことでまた涙がこみ上げてきた。
 世界一人種の多い国というスイスは、120年前にアイガーに観光用トンネルを掘った。第二次大戦中は多くの難民を救った。海抜高度が高く土地の生産力の低い国であるが、なぜか色彩豊かな印象がある。単一純粋を志向する国々の争いが絶えぬ中、中立国スイスは国のあり方をも私に問いかけ、考えさせてくれた。
  出水市 中島征士 2014/8/31 毎日新聞、男の気持ち欄掲載

古都再々訪

2014-09-04 00:04:53 | はがき随筆


 残り少ない人生の焦りか、甲子園での野球観戦の翌日、猛暑もいとわず京都の2寺を目指す。行きたいと思いながら果たせずいた名刹である。まず庭園と静寂の天龍寺。回廊に座し西の山を借景にした庭を眺める。喧噪とは別世界。深山幽谷にいる自分を感じる。次は五重塔と仏像の東寺。威容を誇る塔は創建当時、京の都のどこからでも見えたと思う。講堂に安置された仏像は、祈ることで安らぎや加護を求めた古人たちと自分を重ねる。暑さの中、引っ張り回された家内はいささか不機嫌であったが、仕上げの京料理で笑顔に戻った。
  志布志市 若宮庸成 2014/8/31 毎日新聞鹿児島版掲載