はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

象形文字

2015-09-17 09:37:05 | はがき随筆
 こどもの書く字は、どういうわけか昆虫に似ている。たどたどしいはらいや、迷いのある角がそういう印象を与えるのだろうか。特に『見』という字は、昆虫じみている。横にはみ出した線は足のように曲がり、はらいもはねも、触覚のように伸びている。そのまま土に潜り込みそうな勢いだ。
 彼がこんな字を書くのは、きっと今だけだろう。あり数年たてば、どこかつんとした、よそゆきの字を書くようになるのかもしれない。
 象形文字さながらに自由な線を描く今の彼がいつまでもいとくれたらと思う。
  鹿児島市 堀之内泉 2015/9/17 毎日新聞鹿児島版掲載

藤色の和服で

2015-09-17 09:36:28 | はがき随筆
 父亡き後、母は75歳から一人暮らし。その心境も知らず、実家に行っては気楽に「ではまた」と帰った日々。ある日野菜畑に行くと、地面ぺったりに腰をおろして草取り。「腰が重い」と。子供たちのため丹精こめた尊い産物。みそ、しょうゆは自家製だった。82歳の秋、脳梗塞で即入院。毎日をベッドの中、車いす生活に耐えて13年間。95歳の2月、危篤。生と死のはざまで感謝や別れの言葉を互いに交わせず、闇の中で命は尽きた。花いっぱいの寝棺に藤色の和服は自らの手縫い。来世への旅立ちにそっと小遣いを愛用の貴重品袋に入れてあげた。
  肝付町 鳥取部京子 2015/9/16 毎日新聞鹿児島版掲載