はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

2017-06-22 18:44:34 | はがき随筆
 今年は蛍を見に行った。デパートの屋上で飼われたものを見て以来の、自然の蛍だ。
 桜が遅かったように、今年の蛍は奥手らしい。時分になって姿を現したのは数匹だった。それでも、闇から光が浮かび上がったときは、思わず声が出た。小学生の息子は光の粒を追いかけ、あやうく溝に足をとられるところだった。
 沖行く夜船のように、ホタルは明滅しながら航海する。3秒光って、2秒消え、また3秒輝きを放つ。源氏蛍だったらしい。一旬にも満たないはかない命は、3代で絶えた将軍たちの甘露な夢にも似ている。
  鹿児島市 堀之内泉 2017/6/22 毎日新聞鹿児島版掲載


フェィジョア

2017-06-22 18:36:28 | はがき随筆


フェィジョアが咲いた。
 4枚の白い花びら、赤い針を束ねだ花芯。こんなに個性的な花だったとは。
 十数年前の秋のこと、先輩のNさん宅で卵形のみどり色の果実をごちそうになった。
 なんともまろやかな甘ずっぱさと、舌ざわりの繊細な感触が心地良い。フェィジョアのとりこになった。
 けれど、花にお目にかかることはなかったのである。父なる神が、体調をくずしてミサに行くのも難儀しているわたしを励ましてくださっている、そう思えてくる。心の奥で喜びがはじけた。
  鹿屋市 伊地知咲子 2017/6/21 毎日新聞鹿児島版掲載

連想は続く

2017-06-22 18:20:00 | はがき随筆
 カラーの花の淡彩スケッチをした。両手のひらで太陽の光を大切に受けとるように花芯を包んでいる。正式な呼称があるはずだと調べてみた。「サトイモ科オランダ海芋」とあった。
 海芋? 国土の多くが海面下にあるオランダ……。海の芋? 
 サトイモは水分が好きだよな。同類のタロイモは水の中で育つ水芋だ。11月のアムステルダムは毎日しぐれていたなあ。街路樹は落葉樹で冬の太陽を待ち望んでいた。ゴッホは明るい南仏のアルルへ移住して太陽を絵にした。緯度の高い国の植物や人間は太陽への思いが違うのだろうか? 連想は続く――。
 出水市 中島征士 2016/6/20 毎日新聞鹿児島版掲載

夜霧のブルース

2017-06-22 18:12:09 | はがき随筆
 桜が散り青梅がふくらんだ頃、田舎に住む兄が誕生日とあって鹿児島に出てきた。
 「何を食おうか」「テンプラがいいな」と2人の足は駅前の居酒屋に吸い込まれた。
 「テンプラに焼酎!」
 メニューも見ずにカウンターに座った、中折帽の毛色の変わったじじいたちに驚くおかみには目もくれず、したたか飲んで食って店を出ると、駅前の夜霧はもう赤く光っていた。
 「夢の四馬路か虹丘の街か」
 上海にでも行った気分か、肩組み合ってふらふら歩く80半ばのこの2人、まで当分天国には行けそうもない。
  鹿児島市 高野幸祐 2017/6/19 毎日新聞鹿児島版掲載

藤の木

2017-06-22 17:47:12 | はがき随筆


 わが家の庭の片隅に藤の木がある。毎年4月には薄紫の花をつけて、ひとときその芳香は幸せの境地に誘ってくれる。ところが、咲いた後の藤の木の勢いは強く、つるの伸びは魔法がかかっている。つるの先に触れる物に手当たり次第にからみつき、その繁茂ぶりには目を見張る。これが秋の落葉まで繰り返されて私の鎌による剪定?は続く。鎌にひっかかる枝を仇のようにばっさりと切る作業を、ストレス解消と心得て今朝も一仕事終えて気分はとてもいい。
 真夏の太陽を和らげる藤棚として歓迎されることもなく切られる藤、時に哀れを感じる。
  霧島市 口町円子 2017/6/18 毎日新聞鹿児島版掲載

災害にも負けず

2017-06-22 17:36:25 | はがき随筆

 
 今年は2年ぶりにビワを収穫した。昨年1月の降雪で垂水産露地物は全滅。9月に直撃した台風16号では土砂がビワ園に流入して来年もだめかと諦めたが、11月には花を咲かせた。根周りの土砂をスコップで除き、母と妻で花を摘んだ。災害復旧工事も申請した。明けて2月、若干の霜害はあったが、幼花に成長したので袋を掛けた。
 自然の底力と手作業のおかげで、5月中旬には無事に収穫を終えた。この間の父の表情は、絶望と諦めから安心と充実感に代わっていた。私にとっての5月は、やっぱりビワの季節である。
  垂水市 川畑千歳 2017/6/17 毎日新聞鹿児島版掲載

気丈な母

2017-06-22 17:27:55 | はがき随筆
 遠方に住む息子から時々ご機嫌伺いの電話がくる。子どもの声は点滴のように効き、弾んだ声で近況を交換する。久しぶりの電話に「食欲もなく風邪気味なんだ」といった。
 ふと93歳で逝った同居の義母を思い出した。膝や腰の痛みを抱え、風邪をひき寝込むことも度々あった。そんな折、我が子から電話がくると目尻を下げて「元気だよ」とさりげなく答えている。なぜありのままを話さないのだろうと不思議に思っていた。少々の事には弱音をはかない気丈な母ゆえに、心配をかけまいととする親心だったのだろう。分かる年に近づいてきた。
  薩摩川内市 田中由利子 2017/6/16 毎日新聞鹿児島版掲載

親父

2017-06-22 17:21:06 | はがき随筆
 「『あいつもね、いいとこあるから頼むね』って夢に出て来てお義父さん言ってたよ」。妻が私につぶやく。「そうかあ、親父がね」。本当に不器用な父だった。貧しさゆえに志願し、将校までなったのに敗戦。田舎に退いてよろず屋のあるじとして人生を閉じた。
 幼いころ、隣町へ丁稚奉公に出されたのに商売が下手で店は火の車。でも商売は下手だがうそはつかず、愚直な生き様がみんなに愛された。面と向かっては言わなかったが、私はそんな親父がずっと好きだった。「次の墓参りには吟醸提げてくよ」。心の中で父に誓った。
  霧島市 久野茂樹 2017/6/15 毎日新聞鹿児島版掲載

夢に向かって

2017-06-22 17:13:37 | はがき随筆
 高校入試の面接で将来の夢とその理由を聞かれた。孫は園児の頃に何となく消防士へのあこがれを持っていた。きっかけは、消火活動の訓練を見学したときだった。長いホースでの消火活動によほど興味を抱いたのか、目を輝かせていた。
 その頃から消防士への小さな夢が芽生えた。家でも訓練のまねごとをして無中で遊んでいた孫が、将来の夢として消防士を目指す。災害時の現場で役に立ちたいと、その殊勝な心がけが頼もしい。
 スポーツで鍛えた体力と根性で活躍する素晴らしい姿を見たいものだ。
  鹿児島市 竹之内美知子 2017/6/14 毎日新聞鹿児島版掲載

Ⅰ玉785㌘

2017-06-22 17:08:15 | はがき随筆
 大きなタマネギがゴロゴロ収穫できた。昨秋、苗に難儀した。植え終えたのは師走の初め。その後いつもの追肥をした。種苗店でいい追肥を尋ね「これがいい」とニトロ燐加を2回3回と少量ずつ施した。水をまき、小さい草までせっせせっせと抜いた。朝夕見回って「早く大きくなれ」と声(肥)もかけた。3月は暖かくなり葉もグングン伸びた。4月になっても薹は出ず生育を続けていた。4月下旬、大きいのは一玉785㌘になってびっくり。タマネギが応えてくれた。作秋の心配がうそのよう。いっぱい食べられるぞ、感謝、感謝、ありがとう。
  出水市 畠中大喜 2017/6/13 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆5月度

2017-06-22 16:50:48 | 受賞作品
 はがき随筆の5月度月間賞は次の皆さんでした。

 【優秀作】4日「断腸捨離」野崎正昭=鹿児島市玉里団地
 【佳作】17日「宝物」的場豊子=阿久根市大川
 △「80歳はヤバイ?」武田静瞭=西之表市西之表

 「断腸捨離」の表題は、断腸の思いと断捨離とのモジリです。いつ頃からかはやり出した身の周りの品物の整理と、それがなかなかうまく進まない心理を巧みに表現した内容です。バブルの時期頃から、私たちの所持品は増え続け、現在ではそれが殆ど不用品に化している。しかしモノには歴史が絡まっているので、捨てられない。なんとも厄介な事態です。
 「宝物」は、現在もあるかどうか、かつてあった吸い出し膏薬に関した逸話です。刺さったトゲや傷口のうみを、不思議なくらい吸い出して直してくれる塗り薬です。水産加工業の家に嫁いだ私に、母親の持たせた花嫁道具の一つでした。今でも残り少ない薬を、爪ようじでかすり取って使っているというところがいいですね。
 「80歳はヤバイ?」は、老いの自覚は自分ではなかなか難しいという、誰にでも訪れる経験が内容です。80歳を迎えたとき、たまたま身内の人たちが、3人も来訪し、直接にまたは間接に、運転が荒っぽいと言い置いて帰って行った。自分では気づいていなかったが、ありがたい忠告と感じている。
 この他に、美しい文章を3編紹介します。
 年神貞子さんの「身ぶり」は、最近とみに立ち居が不自由になっている。歌舞伎の玉三郎とまではいかないものの、加齢に逆らっても美しい立ち方をしたい。玉三郎の立ち姿やご自分の立ち居の描写がみごとで、鮮やかに目前に浮かぶようです。
 伊地知咲子さんの「ふるさと」は、高隈連山を眺望できる故郷の情景が、時間の経過とともに美しく描写されています。たそがれ時の、刻々とその色合いを変えていく夕空の様子、次第に浮かんでくる星や月、その色彩の変化、やがて明りのともる家々の夜景。美しい叙景詩です。
 山下秀雄さんの「菖蒲湯」は、高校生の頃の下宿近くの銭湯の思い出です。銭湯は年齢を問わない社交場で、巨人阪神戦が終わる頃、番台のお姉さんに挨拶され、一日が終わった気がして、菖蒲湯の移り香に包まれて帰って来た日々。
 鹿児島大学 名誉教授 石田忠彦

小さな池

2017-06-22 12:00:37 | 岩国エッセイサロンより


2017年6月21日 (水)
岩国市  会 員   森重 和枝

庭に小さなハナショウブ池がある。池は亡夫が手作りして、20株の苗を植えたものだ。「梅雨時の庭を彩り、心を和ませてくれる」と大輪の花を愛でていたことが何回あっただろう。
 あるじを失っても株は増え続け池は挟くなった。株分けし、休耕田の辺りに移し畑を作る。毎年、少しずつ広げていき、20年たった今では200株を超えてきた。手入れが行き届かない現状で、花付きが悪くなった。
 庭の池だけは、せっせと草取りをして毎日手入れをしている。今年も祥月命日に合わせて、きれいに咲いてくれた。
 形見の池は健在ですよ!
  (2017.06.21 毎日新聞「はがき随筆」)掲載)