隣家との境界のブロック塀に沿う日陰に今年も十薬の花が咲いた。背丈は短く地にはうように緑の葉に白い十字の花を抱き、雨にしっとりぬれている。
職場にありしころ、そばの日陰にこの花が毎年咲いて広ごっていった。この季節が私の仕事の最も忙しい時期であった。決算書をその筋に提出しなくてはならない。まず試算表から年間の経費明細などをまとめ、四つ玉のそろばんを使って計算していく。
仕事の合間に外に出て、白い十字の花を見る。人の好まぬにおいの花と葉、そしてドクダミという異名。けれど「白い追憶」というきれいな花言葉を持つ花である。
その花に私は話しかける。吹く風に揺れて花は露をこぼす。まるで私の涙のように。やがて心落ち着け机上の整理をして提出の準備をし、社長の印鑑をもらうのが私の儀式であった。
退職の日、その十薬の根っこを持ち帰って、塀の隅に植えた。過ぎゆく年月とともに広ごって隣家の庭にも生き続けている。
今年も塀のそばに咲く白い花を見ながら去りし日のことを思う。数字の一つ一つと格闘した戦争のような日々。当然のようにお茶くみも掃除も女性の仕事であった。
戦後、サラリーマン暮らしとなった私の人生。白い花に語りかけた決算期を思いつつ、今年もまた白い追憶をかみしめる。
山口県防府市 栗本房子(81) 毎日新聞 2009/6/25
「女の気持ち」掲載
写真は金魚8さん
職場にありしころ、そばの日陰にこの花が毎年咲いて広ごっていった。この季節が私の仕事の最も忙しい時期であった。決算書をその筋に提出しなくてはならない。まず試算表から年間の経費明細などをまとめ、四つ玉のそろばんを使って計算していく。
仕事の合間に外に出て、白い十字の花を見る。人の好まぬにおいの花と葉、そしてドクダミという異名。けれど「白い追憶」というきれいな花言葉を持つ花である。
その花に私は話しかける。吹く風に揺れて花は露をこぼす。まるで私の涙のように。やがて心落ち着け机上の整理をして提出の準備をし、社長の印鑑をもらうのが私の儀式であった。
退職の日、その十薬の根っこを持ち帰って、塀の隅に植えた。過ぎゆく年月とともに広ごって隣家の庭にも生き続けている。
今年も塀のそばに咲く白い花を見ながら去りし日のことを思う。数字の一つ一つと格闘した戦争のような日々。当然のようにお茶くみも掃除も女性の仕事であった。
戦後、サラリーマン暮らしとなった私の人生。白い花に語りかけた決算期を思いつつ、今年もまた白い追憶をかみしめる。
山口県防府市 栗本房子(81) 毎日新聞 2009/6/25
「女の気持ち」掲載
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