はがき随筆・鹿児島

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「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

「誕生日」

2011-11-22 10:04:17 | 岩国エッセイサロンより
2011年11月22日 (火)

   岩国市  会 員   片山 清勝

がんの手術から4日目、誕生日を初めて病院のベッドで迎えた。「もう、祝う年でもなかろう」と思いながら、窓から雲の流れを見ていると、なぜかいろいろ思い浮かぶ。

子どもの頃の我が家は、3世代と父の妹などが暮らす大家族だった。だから毎月のように誰かの誕生日がある。その日は夕食のおかずがひと品増える。家族全員の小さな皿にのせられた紅い蒲鉾。誕生月の者にはそれがひと切れ多くのせてある。 

今考えると、戦後の食糧難と大家族を賄う家計のやりくりの中で、家族皆で誕生日を祝いたい母の素晴らしい知恵だったと思う。ささやかなひと品に込められた家族の絆。そうとは知らず、私は蒲鉾が食べられると喜んでいた。

そんな家族の中で、父と私は誕生日が同じだった。父は50代半ばで急逝した。父の享年を超える日、私は朝から落ち着かなかった。夕食のとき、遺影でしか父の顔を知らない妻が「超えましたね」とひと言。妻も同じ思いをしていたことを知る。その日の晩酌は格別の味だった。

検温に来た看護師から「退院されたら誕生祝いをしてくださいね」と思いもしなかった優しいひと言。思わず顔がほころんだ。すると、窓の外の紅葉した葉の揺れも「早くよくなれ」とエールを送ってくれているように見える。今年もいい誕生日だ。心からそう思った。

父の享年を15超えた。

(2011.11.22 毎日新聞「男の気持ち」掲載)岩国エッセイサロンより転載

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1 コメント

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何歳になっても (tatu_no_ko)
2011-11-23 08:35:10
転載ありがとうございます。今年は格別の生まれ日を経験しました。
看護師さんの自然に発せられたひと言、言葉の大切さを改めて思い知りました。
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