はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

2010-06-28 16:48:24 | 女の気持ち/男の気持ち
 親友の子息の訃報が届いたのは、アジサイが咲くこの時期だった。享年30。惜しむべき若者は、自分の葬儀に集まった人々を思いやってか、土砂降りの雨が続く梅雨空をいっとき晴れ聞に変えた。まるで両親への無言の謝辞のように思えた。
 患いの中で子息は「治ってみせる」と病魔と闘い、奇跡が起きると信じたが…。通夜の席で彼女と会した時、私は事故で失いかけたわが子を思い、もしかしたら彼女の座っている席にいたかもしれなかった我が身を重ね、かける言葉をなくした。
 生きようとして生きることがかなわなかった子息の無念を思うと、いまだ後遺症を引きずるわが子が健常であったなら「ぜいたくな死に方するな」と殴り倒しただろう。事故現場は明らかに自分殺しの様相だったから。
 彼女があいさつをした。
 「息子が、長生きしてくれ、と言いました。私は生きなければなりません。どうか力を貸してください」
 かすれて絞り出すような声だったが、はっきりと。
 その後、彼女は大学に入り直し、障害者のための活動を始めた。障害を残しながら何とか社会復帰できたわが子に代わり、私も彼女の手伝いをさせてもらっている。
 このたびは七回忌の法要。河原の蛍が飛び始めた。あの光のひとつずつが、帰ってきたよと言いたげな、命の灯に見える。
  山□県岩国市 山下治子・61歳 2010/6/23 毎日新聞の気持ち欄掲載

最新の画像もっと見る

コメントを投稿