枯雑草の写真日記2

あの懐かしき日々を想いながら・・つれずれの写真日記です。

赤い煉瓦の陰りのなかで・・舞鶴レンガ倉庫群

2010-12-14 | 古いもの、昔の人
          京都府の北端、舞鶴は明治時代より日本海を挟んで大陸と相対する、
          軍事的に重要な場所でした。
          旧軍港地区には明治22年鎮守府が置かれ、それに伴って弾丸、兵器、
          軍需品等の保管場所として明治35年から大正10年にかけて12棟の
          赤煉瓦倉庫が建てられたのです。
          現在、その過半は博物館、記念館、あるいは倉庫として使用されています。
          特に初期に建てられたものは、急ピッチに進められた工事にもかかわらず
          丹念に造られたもので、7棟が国の重要文化財に指定されています。

          赤煉瓦の壁の前に立つと、迫ってくるような質感と美しさ・・それに荒廃の
          陰を偲ばせながら・・に圧倒される思いです。
          それが、弾丸や兵器の倉庫であったことも、それからどんな時の中を
          過ごしてきたのか・・何も語りはしないけれど、忘れてはならないことで
          しょうね。
          改装された煉瓦倉庫の一角の喫茶店でコーヒーを飲みながら、
          綺麗すぎる赤レンガの壁を眺め、そんなことを思っていました。







































































呉服問屋の街の誇り・・旧明倫小学校校舎

2010-12-02 | 古いもの、昔の人
          呉服問屋の街として知られてきた、京都市中京区室町蛸薬師下ル・・
          ここに明治2年に開校された三番組小学校(のちの明倫小学校)が
          ありました。昭和6年に鉄筋コンクリート造に改築された校舎は、
          小学校としては全国に例を見ないほど豪華なものであり、地域の
          人の誇りでもあったといいます。
          少子化の波で平成5年閉校。和風と洋風を調和させた独特の校舎
          を惜しむ声は強く、地域住民も参加した協議会によりこれらの特徴
          を生かした改築案を決定。平成11年からは、京都芸術センターとして、
          若い芸術家のための製作・発表の場所として使われています。

          京都を訪れた日の、午後の少しの時間。
          薄暗い中の輝く廊下を歩き、階段を上り、偶には若い人の表情との
          出会い。
          このしっとりとした京都の街の誇りみたいなものの中から、
          若い芸術家の感性が育っているのだと、ひとり納得したのでした。