枯雑草の写真日記2

あの懐かしき日々を想いながら・・つれずれの写真日記です。

ある浜の風景・・その1

2018-08-25 | 海からの声を聞く
          干潮時に砂浜にできる潮だまりを天空の鏡に見立てて
          若い人達が飛んだり跳ねたり・・
          そんな映像をご覧になったことがあるでしょう。
          香川県三豊市の父母ケ浜(ちちぶがはま)。
          この1、2年、頓に有名になって多くの人を集める浜になりました。
          ちょっとした団体で出かけました。(ちょっと前のこと)
          天候に依る空の様子も、跳ぶ役者(多くは観光客)も
          最適には選べず、(それに私の腕も)
          例の天空の鏡の写真は満足なものとはなりませんでしたが・・
          西に向いた浜の、陽が沈むまでの素の美しい表情を
          堪能することができました。



























































広島三滝寺に行く

2018-08-16 | 四季それぞれに
          市内西区の三滝寺(みたきでら)に行きました。
          市街地に近いながら、小さな流れに沿った山裾にあるため、
          静かで趣ある境内。今は緑のもみじに溢れています。
          入口近くの多宝塔。
          戦後、被爆者慰霊のため和歌山県広八幡より移されたもので、
          県重文ながら見事な古塔。軒支輪に天女が舞います。
          石段の参道には多くの仏、羅漢。
          権現堂には鬼がいます。
          本堂の広い屋根を見ると、三滝の一つ、最も奥にある幽明の滝。
          ここより先は荒れた山の道。
          祈りと小さな散策の三滝寺でした。
















































































73度目のヒロシマ、平和記念公園で

2018-08-07 | ヒロシマ
     この暑い暑い8月6日の朝、どうにか平和祈念式の会場に行くことができました。
     
     平和祈念式でのこども代表の言葉は
     「・・私たちは無力ではないのです。平和への思いを折り鶴に込めて、世界の人々に届けます。
     73年前の事実を 被爆者の思いを。私たちが学んで心に感じたことを伝える伝承者になります。」
     と結ばれました。

     安部首相の前で、坪井直さんは訴えました。
     「原爆というものはね、人間が悪知恵で作ったもん。人間が作ったもんだから、人類が解決しないといけない。
     (それまでは)あの世に行く気がしません」と。

     「核反対、戦争反対」と多くの人が悲痛な声をあげました。
     それに対して、この国の為政者の言葉は空しく聞こえるだけでした。
     無力感とある種の諦観が混じる、やりきれないヒロシマの人々の思いでした。



     原爆ドーム
     この悲しき象徴・・










     歌碑
     40歳で被爆した詩人、原民喜は6年後東京の中央線で自らの命を絶つ。
     その時代に伝え得た恐ろしき象徴の詩。
     「遠き日の石に刻み  砂に影おち  崩れ墜つ  天地のまなか  一輪の花の幻」














     
     人間を返せ
     被爆詩人、峠三吉の詩の英訳碑。
      「ちちをかえせ  ははをかえせ  としよりをかえせ  こどもをかえせ
       わたしをかえせ  わたしにつながる  にんげんをかえせ
       にんげんの  にんげんのよのあるかぎり  くずれぬへいわを  へいわをかえせ」







     原爆の子の像
     被爆10年後12才で逝った佐々木禎子さんを想って・・














     慰霊碑の陰で






     語る人
     佐々木禎子さんの物語を語る人、聞く子供たち。




     祈る
     多くの人が去った会場で祈りを続ける人がいました。