東京国立近代美術館についで、今、京都国立近代美術館で「生誕150年横山大観展」開催されており、それにあわせて昨日の日曜日美術館で特集をやっていたのを少し見たが、皇紀2600年を祝った昭和15年当時の愛国心のうねりは、コロンビア戦勝利からセネガル戦引き分けという結果に酔う国民感情と重なってしまうが、今の愛国心なるものはサッカーゲームの結果に発揚されている一過性のバーチャルな国家間紛争にすぎない、あのときとは違うんだと自分に言い聞かせよう。平和な時代の愛国心なのだ。
昭和の15にタイムスリップすれば、オイラも日の丸を振りかざして「神国日本」に酔っていただろうが、あの時は仮想現実でもなんでもなく、大陸では日中戦争が泥沼化していたろうし、翌年には太平洋戦争が始まろうとしている。皇紀2600年は国民の心を一つにすべく考えられた「チーム日本」の御旗だったのだろうが、大観さんは、富士山を神国日本のシンボルとして何枚も何枚も100枚以上も描き、神国日本のこころの御旗として国民に贈った。そのどれもこれもが入魂の傑作であり、出征するおのこたちは、大観さんの富士を仰いでは胸にしまって、「かえりみはせじ(振り返らない)」と決意して海を渡ったのだろう。その言葉どおり、多くの兵士が帰ってこなかった。
偉大なる通俗たる富士にはまったくといっていいほど罪はないし、富士に日本の魂を見出し、何枚もの絵にした描いた芸術家の初志にも何の罪もなかったのだろうが、時代といううねりに飲み込まれたのだろうか、あの富士の傑作がカンフル剤として戦地に赴く若者に処方された事実は認めないとならんかも。たしかに、雲海の中からすっくと天に伸びるコニーデの姿は、大方の日本人を統合させ、高揚させ、昇天させていく妖しさを今もなお秘めているのだから。
毎年、毎年、コニーデの麓から登ろうとしているオイラもそのように統合された日本人に過ぎないのか。
バスの車窓から大方の乗客が富士を眺めているのに反対側の道端の月見草を見ている老婆と太宰さんみたいな心持にはなれないのだろうか。
(ちなみに、太宰治は戦時下でも戦後であっても時代のうねりに飲み込まれなかった稀有な「国民的作家」だと思っている。富士に出かける前に、「富嶽百景」読んでおこうっと)
京都国立近代美術館
http://taikan2018.exhn.jp/
横山大観の富士
https://intojapanwaraku.com/art/20170712/16579
精進湖霧湧く