幸福を呼ぶという青い鳥。日本では夏鳥のオオルリ・コルリ・ルリビタキが知られるが、南アルプスのテン場、標高約2300m付近の白根御池小屋界隈は、もうルリビタキさんたちが未明から陽の落ちるまであの少し愁いを帯びた歌声を広範に奏でていた。オオルリやコルリほどの甲高さはなく、控えめな一定の音調のため、オイラはこの青い鳥のさえずりを一番愛しているのかもしれないし、まさに心を落ち着かせる癒しの夏鳥だ。
だが、なかなか姿を現してくれないためあの控えめながらも美しい♂の淡い青さには巡り合えなかった。ただし、北岳から草すべりコースを下山中に、おいらはカップルと思われる小鳥から威嚇を受けた。オオルリ同様警戒を強めると、オイラの周りを何度も行き来して立ち去ろうとしない。果たして、今回は♂♀らしき羽色の異なるものが共同で威嚇していたので、まず近くにいた個体にG3Ⅹ君のレンズを向けた。次に、視認でもはっきりと色彩の濃い個体がジイ、ジイと警戒音を発し始めた。体の大きさや色調からルリビタキくんではと興奮しながらレンズを向けたとたんファインダーに「バッテリーを交換してください」とのメッセージが現れて、望遠ズームが自動的に収縮した。
結果、青い鳥くんをカメラに収めることが叶わなかったが、家に帰って捉えた記録を再生すると予想通りルリビタキの♀さんだった。なにやら口に昆虫かクモをくわえて威嚇していたので、あるいは、愛の巣にヒナが孵っていて、エサを運搬中にじゃまっけなオイラに遭遇したのかもしれなかった。
バッテリーを交換したころには、そのペアはもうどこかに行ってしまっていた。
幸せの青い鳥を見逃してしまい、その青い鳥を怒らせたのだから、今年もオイラに幸福なんかやってこないのかもしれない。
このように青い鳥に対する迷妄のような執着は、あのメーテルリンクのチルチルのせいだろうが、自然界の青色は、空や海の色ばかりでなく生きものたちが青色を帯びているとオイラも美しいと感じ、生きる力をいただく心地がする。
「幸福の青い鳥」とはいっても「幸福の青い花」とは言わないのだろうか。
山の花でも、おいらは特に青色系、紫系の花を愛する。いつしかヒマラヤに咲くという「青いケシ」を見に行こうという気にもなった時期があった。
日本の山でも「シラネアオイ」、「イワギキョウ」、「チシマギキョウ」、「青いスミレの仲間」、「青いリンドウの仲間」、「ハクサンフウロ」、「トリカブト」、「アヤメの仲間」などなど数をあげればキリがないが青い花を好む。
で、今回、北岳の中腹のルリビタキたちがわが生を謳歌する山域で、オイラは東北ではあまりお目にかからない二つの「青い花」の個体に出会った。
詳細な同定はできていないが、「ハナシノブ」の仲間と「グンナイフウロ」の仲間。現地ではすぐに名前が出てこなかったが、帰って図鑑などで確認したらこの名前が現れた。
薄暗い林内にひっそりと咲いていたが、その控えめな立ち位置が「男ども」をひきよせるのだろうか。
(場末の飲み屋街に「しのぶ」というのれんが掲げられていれば、「男ども」はそののれんをくぐるのだろう)
まあ、そんな冗談はとにかく、美しい青い花に出会ってもヒトは幸福になれないもんだろうか。いや、逢えて相好が崩れたら、ヒトはそれを「シアワセ」というのかもしれない。
ハナシノブの仲間
グンナイフウロの仲間