2月25日(土)☂☁
入院5日目。昨日とったX線撮影では右肺の癌は着実に小さくなっていると医師から伝えられた。タルセバ服用開始からわずか3日である。副作用らしきものは血液検査にも現れていない。このまま行ってくれればいいが‥。
病院暮らしは暇で寂しいので連日「寅さん劇場」を開催している。
今日はシリーズ第15作『男はつらいよ 寅次郎相合い傘 』。1975年8月封切り。マドンナは浅丘ルリ子、ドサ回りの歌手・リリー役。見るのは2度目か、3度目か?それでもたいていのことは忘れているので飽きるということはない。
心に染みわたる名作だ。
印象深い場面に事欠かないが一つ挙げるとすれば寅さんが一度はリリーを歌舞伎座か国際劇場の舞台に立たせてやりたいとその夢を熱弁する場面だ。
寅さんシリーズの優れたウォッチャーの方の批評に共感する。心から人を想うことができる、人生結局はそれが全てだ。
見事な抑揚。口跡の良さ。そしてそれらを遥かに凌駕する渥美さんのその姿。有り方。
何事も大切なのは姿なのだろう。姿はその人そのものをあらわす。
渥美さんが何に感動し、何を憎んできたか。何をしようとし、何をしようとしなかったか。
彼の生きざまが全てなのだと、今更ながらに人間関係の葛藤をも含めたその傷だらけの
壮絶な役者人生を思い、戦慄さえ覚えた。
あれだけの姿。ただで済むわけはないのだ。
今から、何十年後になるだろうか…。恐ろしいほど地味で控えめなこのシリーズの、
真の価値が世界中の人たちによって認められ、そしてなによりも渇望される時が来るかもしれない。
そして、その時、渥美さんの一世一代のこのアリアを聴き、
人々は、人が人を想う柔らかな気持ちをもう一度知る。
また一から歩み始めることはできるのだと。
それは、映画の勝利。物語の勝利。
そんな日がほんとうに来るのではないかと、このアリアを見ながら思っていた。
人が人を想う。 ただほんとうにそれだけ。
それだけのことがこの世界の全てなのだろう。
他には何ひとつ大事なものはない。
そんなことに気づかせてくれるアリアだった。
かつて、このアリアによって私の人生は変わった。
人の人生を丸ごと変えてしまう力をこのアリアは持っていた。
あとにもさきにも、東にも西にも、こんな切ないアリアは
世界のどこにもない。
その場面とは‥
⑨【寅のリリーへの想い。切なく美しいアリア】
寅「あ~あ……。オレにふんだんに銭があったらなあ…」
さくら「お金があったら…どうするの?」
寅「リリーの夢をかなえてやるのよ。たとえば、どっか、一流劇場」
さくら「うん」
寅「な! 歌舞伎座とか、 国際劇場とか、そんなとこを一日中借り切ってよ、
寅「あいつに…、好きなだけ歌を歌わしてやりてえのよ」
さくら「そんなにできたら、リリーさん喜ぶだろうね!」
寅「んんん…!」
さくら、茶の間に座る。
寅「ベルが鳴る。 場内がスー…ッと暗くなるなぁ」
皆様、たいへん長らくをば、お待たせをばいたしました」
ただ今より、歌姫、リリー松岡ショウの開幕ではあります!」
静かに緞帳が上がるよ… 」
さくら、嬉しそうに笑う。
寅、立ちあがり
寅「スポットライトがパーッ!と当たってね」
寅「そこへまっっちろけなドレスを着たリリーがスッ・・と立ってる」
おばちゃんも上がり口に腰掛ける。
寅「ありゃあ、いい女だよォ~、え~。ありゃそれでなくたってほら容子がいいしさ」
おばちゃん「うん」
寅「目だってパチーッとしてるから、派手るんですよ。ねぇ!」
おばちゃんたち頷きながら「うんうん、フフ…」
寅「客席はザワザワザワザワザワザワザワザワってしてさ」
綺麗ねえ…。 いい女だなあ…」
さくら、おいちゃんたちと「フフフ…」と笑いあっている。
寅「あ!リリー!! 待ってました! (パン!)日本一!」
寅「やがてリリーの歌がはじまる…」
寅「♪ひ~とぉ~りぃ、さかぁばでぇ~~~……、
のお~むぅ~さぁ~けえ~はあ~~~…」
寅「ねぇぇ…。
客席はシィー…ンと水を打ったようだよみんな聴き入ってるからなあ……。
お客は泣いてますよぉ~…」
メインテーマがゆっくり入る。 ー クラリネット ー
寅「リリーの歌は悲しいもんねぇ……」
寅「……」
寅「やがて歌が終わる…。
花束! テープ! 紙吹雪!
ワァ―ッッ!と割れるような拍手喝采だよ」
寅「あいつはきっと泣くな…。
あの大きな目に、涙がいっっぱい溜まってよ…」
寅「……」
寅、堪えきれず、後ろを向き…そして座る。
寅「いくら気の強いあいつだって、きっと泣くよ…」
出典●http://www.yoshikawatakaaki.com/lang-jap/torajironahibi16.htm#310