イスラム国(ISISまたはISIL)やボコ・ハラムなど、世界各地での「イスラム過激派」の所業にたいする恐怖が広がっている。ボコ・ハラムは「西洋教育は悪」の意味だそうで、ほかにもケニアの「イスラム過激派」アルシャバブが、キリスト教徒だけ選んで殺戮したとの報道もある。
かようにイスラム教徒と考えられる者の一部が、西洋社会=キリスト教徒を排除すべき対象、時には憎悪する対象と見ているのは間違いがないのだろう。しかし、世界史的に見れば、十字軍を持ち出すまでもなく、キリスト教(徒)によるイスラム教(徒)迫害は、現代までずっと続いてきた歴史である。ただ、宗教的迫害は民族的迫害と同一かというとそうでもなく、複雑である。とまれ、宗教的迫害か、民族的迫害かの分類はさておき、1980年代以降チェチェンでおこったことは、少なくとも、ロシアによるチェチェン人迫害であることは間違いがない。
監督のミシェル・アザナヴィシウスは、ドキュメンタリー的な手法をとらず、フィクションで本作を撮ろうと考えたという。それはドキュメンタリーより長編映画の方が「パワフル」だからだという。これはドキュメンタリーでは難しい一人の子どもにすっと寄り添い、その視線から分かるものを描こうとしたとき、フィクションの方が描きやすく、よりダイナミックな展開に、要するに「パワフル」にできると考えたからであろう。
戦争には少なくとも二面がある。攻撃にさらされる側と攻撃する側と。その立場が入れ替わるときも多いが、非戦闘員である女性や子どもはさらされる側であることが圧倒的に多い。そして、そのどちらでもなかった人、層をそのどちらかに、より過酷な立場に置くのが戦争だ。それは殺す側と殺される側と言うことだ。
両親と姉をロシア兵に殺される場面を目撃した9歳のハジは、赤ん坊の弟を抱いて逃げる。しかし、自分では育てられないとチェチェン人の家先に赤ん坊を遺し、避難民であふれる街の難民キャンプにたどり着く。国連職員らに名前などを聞かれても、ショックで声が発せられなくなっていいたハジ。一方欧州人権委員会の職員キャロルは、国際社会の無力さに打ちのめされながら、自分に何ができるかと問い、ハジを育てていく決心をする。殺されていたと思われていた姉のライッサは弟らを探し続け、赤ん坊と出あえたもののハジを探し難民キャンプにたどり着く。
チェチェンの戦線から遠く離れたロシア人のごく普通の若者コーリャは、強制的に入隊させられ、軍隊のすさまじい暴力構造、差別構造を目の当たりにする。自身もひどい暴力、いじめに遭いながら次第に、人間の心を失っていく様は圧巻だ。新兵いじめにも加担し、前線に出て、初めて人を殺したコーリャは「筆下ろししました」と同僚たちと笑いあう。もう人の心ではなく、殺人兵器と化したのだ。
殺される側のハジやライッサと殺す側のコーリャ。普通に生活をしていれば、戦争がなければそのような位置に立たなかった人たちは、今どちらかである。しかし、戦争が長く続き、憎悪が継承されれば、やがてハジもコーリャを殺す側に回るかもしれぬ。そう、戦争とはそういうものなのだ。憎悪の継承こそが、戦争の「成果」だとするならば、そこに「赦し」が入り混む余地などない。プーチン政権の拡張主義を批判することはたやすい。しかし、ウクライナ情勢、クリミア半島「併合」を持ち出すまでもなく、プーチン政権の思惑をアメリカ、西側から描くときなんらかのバイアスがかかっているとの疑いが強いことも事実だ。ただ、そうであっても、第2次チェチェン「紛争」を作り出し、軍隊を派遣し、ハジらを生み出したのはプーチン=ロシア側であり、それらチェチェンの人をすぐに救えなかったのも、西側であることだ。
戦争の実相は、ハジやライッサ、を助けようと奔走しながら無力感に苛まされるキャロルのような存在を多く生み出すことであって、どこぞの首相のように「自国民を助けられなくていいのか」「切れ目ない安全保障」との絶叫とは無縁の世界が広がるだけなのだろう。
ロシア側から「イスラム過激派」とレッテルを張られたチェチェンに、いや、それ以外の多くの世界に多くのハジがいる。