今日、四国、中国、近畿で梅雨入りしました。
これは今年の4月、姫路城の桜を見に行ったときに撮った
「黒田官兵衛ゆかりの石垣」の写真です。(4月2日 )
石垣の前に立てられた説明板によると
「姫路城の石垣は、羽柴時代、本多時代及び池田時代の築城期の3期とその後の修復された石垣に分けられます。特に、羽柴秀吉が黒田官兵衛にあてた書状によると、当時、秀吉は築城にあたって最も頼りとする重臣であり、地域の事情に精通している黒田官兵衛に普請を命じていることから、現存する羽柴期の石段は、官兵衛ゆかりの石段と考えられてます。」
説明板を読みながら、姫路市生まれの黒田官兵衛が22才で姫路城主だった頃の
昨年の大河ドラマ「軍師官兵衛」を思いだしてました。
これは今年の4月、姫路城の桜を見に行ったときに撮った
「黒田官兵衛ゆかりの石垣」の写真です。(4月2日 )
石垣の前に立てられた説明板によると
「姫路城の石垣は、羽柴時代、本多時代及び池田時代の築城期の3期とその後の修復された石垣に分けられます。特に、羽柴秀吉が黒田官兵衛にあてた書状によると、当時、秀吉は築城にあたって最も頼りとする重臣であり、地域の事情に精通している黒田官兵衛に普請を命じていることから、現存する羽柴期の石段は、官兵衛ゆかりの石段と考えられてます。」
説明板を読みながら、姫路市生まれの黒田官兵衛が22才で姫路城主だった頃の
昨年の大河ドラマ「軍師官兵衛」を思いだしてました。