1月度ハイキングに参加してきました。
JR京都駅前・四条大宮駅から
京都市営バス6号系統に乗り「鷹峯源光庵前」で下車して
源光庵に向かっていますが、ここが源光庵では・・・?
と思いながら、皆の後について通り過ぎて行きました。
入ったのは源光庵の駐車場からでした。
駐車場に「伏見桃山城の遺構 血天井」
9月のハイキングで行った「伏見桃山城」に
「慶長5年(1600)家康の家臣である鳥居元忠と約300名の武士が、伏見城で切腹した血糊の床板を養源院(京都市東山区)の天井に使われています。
関ヶ原の戦い後、血糊の床板を見た家康が鳥居元忠らの忠義に供養するため、徳川家にゆかりある寺院で血糊の床板を誰にも踏まれることのないようにするため天井板にしたのでした。」
源光庵の天井にも使われていたのですね。
駐車場で、みなさんが立ち止まっている間に
参道を通って、先ほど通り過ぎた右に見える「総門」へ
総門を目の前にして見てきました。
源光庵(げんこうあん)は
京都市北区鷹峯にある曹洞宗の寺院。
山号は鷹峰山 本尊は釈迦如来
正式には、鷹峰山寶樹林源光庵です。
正面に掲げられている扁額「源光善照」は
創建時から伝わるものだそうです。
皆のいる駐車場に戻ってきました。
その先に「山門」が見えています。
長くなりますので、私が源光庵で見たかった
「悟りの窓・迷いの窓」から眺める絶景へと続きます。
JR京都駅前・四条大宮駅から
京都市営バス6号系統に乗り「鷹峯源光庵前」で下車して
源光庵に向かっていますが、ここが源光庵では・・・?
と思いながら、皆の後について通り過ぎて行きました。
入ったのは源光庵の駐車場からでした。
駐車場に「伏見桃山城の遺構 血天井」
9月のハイキングで行った「伏見桃山城」に
「慶長5年(1600)家康の家臣である鳥居元忠と約300名の武士が、伏見城で切腹した血糊の床板を養源院(京都市東山区)の天井に使われています。
関ヶ原の戦い後、血糊の床板を見た家康が鳥居元忠らの忠義に供養するため、徳川家にゆかりある寺院で血糊の床板を誰にも踏まれることのないようにするため天井板にしたのでした。」
源光庵の天井にも使われていたのですね。
駐車場で、みなさんが立ち止まっている間に
参道を通って、先ほど通り過ぎた右に見える「総門」へ
総門を目の前にして見てきました。
源光庵(げんこうあん)は
京都市北区鷹峯にある曹洞宗の寺院。
山号は鷹峰山 本尊は釈迦如来
正式には、鷹峰山寶樹林源光庵です。
正面に掲げられている扁額「源光善照」は
創建時から伝わるものだそうです。
皆のいる駐車場に戻ってきました。
その先に「山門」が見えています。
長くなりますので、私が源光庵で見たかった
「悟りの窓・迷いの窓」から眺める絶景へと続きます。