この家は、たくさんの人の思い出がつまっています。
改築の鉄筋コンクリートの部分は、亡くなった祖母がずっと使っていたところです。
もうしわけない気持ちもたくさんありましたが、
ずいぶんと手直しすることになりました。
思い出のふすまや欄間・壁などをのけていくときには、
胸が苦しくなりました。
ただ鉄筋コンクリートの骨格はそのまま使うようにしました。
また、増築部分の基礎には、大きな貯水タンクがありました。
畳6畳、深さが2m50㎝ほどあります。
これは、40年近くも前に、水の大切さを嫌というほどわかっていた父が、
作ったものです。
その工事は、今のような重機もなくすべて手で掘られました。
私の父・母・祖母以外に、みつこおばちゃん・おハルおばちゃん・ハルコおばちゃん・フジ子ばあちゃん。
たくさんの人の協力でできあがりました。
そんなタンクでしたから、残して何かに使えないかとかなり考えました。
そして出したこたえが、「地下室」。
タンクの外側を少し掘りこみ地下室コートにし、
光りや風が入るようにしました。
そんな思いや歴史があり、
この家は新しい時代をむかえようとしています。
そしてまちがいなくこの家に風を吹きこむのは、
私たち家族だと思っています。
岬人(はなんちゅう)
改築の鉄筋コンクリートの部分は、亡くなった祖母がずっと使っていたところです。
もうしわけない気持ちもたくさんありましたが、
ずいぶんと手直しすることになりました。
思い出のふすまや欄間・壁などをのけていくときには、
胸が苦しくなりました。
ただ鉄筋コンクリートの骨格はそのまま使うようにしました。
また、増築部分の基礎には、大きな貯水タンクがありました。
畳6畳、深さが2m50㎝ほどあります。
これは、40年近くも前に、水の大切さを嫌というほどわかっていた父が、
作ったものです。
その工事は、今のような重機もなくすべて手で掘られました。
私の父・母・祖母以外に、みつこおばちゃん・おハルおばちゃん・ハルコおばちゃん・フジ子ばあちゃん。
たくさんの人の協力でできあがりました。
そんなタンクでしたから、残して何かに使えないかとかなり考えました。
そして出したこたえが、「地下室」。
タンクの外側を少し掘りこみ地下室コートにし、
光りや風が入るようにしました。
そんな思いや歴史があり、
この家は新しい時代をむかえようとしています。
そしてまちがいなくこの家に風を吹きこむのは、
私たち家族だと思っています。
岬人(はなんちゅう)