喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

佐田岬の河津桜

2016-02-28 | 佐田岬の風景
 佐田岬のメロディーラインでは、河津桜が見ごろを迎えている。

 車を止めて、花見を楽しんだ。
大久の展望台から名取を望んだ景色。



 今日は暖かかった。
黄砂だろうか、靄がかかったように視界が悪い。

 河津桜は、1955年に飯田勝美が静岡県賀茂郡河津町田中で原木を偶然発見したことが由来。
当初、発見者の飯田氏の屋号から「小峰桜」と地元で言われてきたが、
その後の学術調査で今までに無かった雑種起源の園芸品種であると判明し、
1974年に「カワヅザクラ(河津桜)」と命名され、1975年に河津町の木に指定された。

 現在も原木はこの地に存在し、2007年現在で樹齢50~60年。
また、1968年頃からこのサクラが増殖されるようになったようだ。 「ウィキペディアより」



 

 1月下旬から2月にかけて開花する早咲き桜。
花は桃色ないし淡紅色で、ソメイヨシノよりも桃色が濃い。
また花期が1ヶ月と長い。

 もうしばらく岬の河津桜を楽しめそうだ。

       岬人(はなんちゅう)
 

満月の明かり

2016-02-25 | 佐田岬の風景
 満月は過ぎたものの昨夜もきれいな月が出ていた。



 明かりの少ない田舎だからわかる、月の美しさ。

ライトがなくても田舎の夜道を歩ける。

 あわせて、いつもと違った顔を見せる風景。



この月をここで見られる小さな幸せ。

 月が夜中美しさを放つとき、私は眠りの中。

          岬人(はなんちゅう)


      

人生はチョコレートの箱のようなもの  ~ Life is like a box of chocolates. ~

2016-02-23 | 感動
 2年前に書いたブログ。
今、読み返してみて、うなずけるところがある。


 バレンタインデーから10日、経とうとしている。
歳を重ねるごとに、その日のわくわく、どきどき感が薄らいでいく気がする。

 それなのにプレゼントされると、とてもあたたかい気持ちになる。
今年は、いつもの年になくチョコレートをいただいた。



 毎年の妻と娘たちからのもの。
ホテルフロントの方からのもの。
中学生からのもの。
日赤の前田さんからのもの。
知り合いからのもの。

 わざわざ準備をしてプレゼントしていただいた気持ちがとてもうれしい。
そう思うと食べるのがもったいなく思える。
すてきなラッピングやデコレーションも目を楽しませてくれる。
そのうちゆっくりと味わっていただこうと、いまだにある。

 チョコレートと言えば、昔観た映画「フォレストガンプ」を思い出す。
とってもすばらしかった。
調べて、ふり返ってみた。




人生はチョコレートの箱

 チョコレートはその甘さと食感ゆえに映画の中では人生を豊かに彩る菓子として描かれることが多い。
「フォレスト・ガンプ/一期一会」 (1994)はそんな作品の代表格である。

 守護天使の落し物と思しき白い羽根が上空から風に乗って主人公フォレスト・ガンプ(トム・ハンクス)
の足元に舞い降りるまでをワンカットで捉えたシーンで始まる。
 彼がバスを待つベンチで居合わせた人々にこれまでの半生を語り聞かせる回想形式で進行する。
その最初の一人である黒人女性にチョコレートを薦めていうのが次のセリフである。

“Life is like a box of chocolates. You never know what you’re gonna get.”

(人生はチョコレートの箱のようなもの、開けてみるまで中身はわからない)

 フォレストは生まれつき知能指数が低く、背骨が歪んでいるため脚装具を付けないとまともに歩けなかったが、
母はそんな彼を特別扱いせずに女手ひとつで育て上げた。
チョコレートのセリフは、その母の息子への励ましの言葉の一つである。

 アメリカではミルク、ナッツ、ヌガーなどいろいろな味のチョコレートのランダムな詰め合わせが売られていることが多い。
ここで言うチョコレートの箱とはそれのことで、
開けて食べてみないと中身がわからないことを先読みのできない人生のたとえとして、
ハンディキャップを背負ったフォレストにも希望があることを教えていた。

 彼の人生はこのセリフに象徴される波乱万丈の軌跡をたどる。

 母の愛情を受けて天真爛漫に育ったフォレストは、ある日いじめっ子に追いかけられていると、
突然脚装具が外れて信じられないスピードで疾走し始める。
 走りながら脚装具が外れていく様子をスローモーションでとらえた映像は、
彼を拘束し束縛していたものから解放されて眼前に拡がる自由な世界に跳躍して行くかのように見える。

 彼はその俊足を生かして大学ではフットボール選手として活躍し、
従軍したベトナム戦争では銃弾飛び交う戦場を駆け抜けて命拾いし、
復員後にビジネスで成功した後はアメリカ大陸を走って何往復も横断して一躍時の人となるのである。



 そんな彼とは対照的な人生を送るのが彼の幼馴染で運命の人であるジェニーである。
 フォレストと小学校のスクールバスで出会った彼女は、母以外に彼をバカにしなかった唯一の味方として、
フォレスト曰く「豆とニンジンのようにいつも一緒」の関係になる。
これはアメリカの家庭料理ではシチューなどを煮込む時に豆とニンジンは必ず入る定番の食材であることから、
切っても切れない関係を示す諺である。

 しかし彼女は幼児期に父親に性的虐待を受けた事件がトラウマとなり、
「鳥になってここではないどこかへ逃げ出したい」と願うようになる。
「PLAYBOY」のモデルになって女子大を退学になった後は、ストリップ小屋の歌手やヒッピー暮らしと転々とし、
ブラックパンサー党(Black Panther)の反戦闘争に関わった後に麻薬に手を染める。

 実は冒頭のシーンでフォレストはジェニーに久しぶりに会うためにバスを待っていて、
黒人女性に薦めたチョコレートは彼女へのプレゼントなのである。
それをつまみ食いしてしまうあたりが天真爛漫なフォレストらしいのだが、
 彼は大学時代にも彼女にチョコレートを贈っており、
それは人生に苦悩する彼女にも母の教えをわかって欲しいという彼なりの愛情表現なのだろう。』



 この映画は、一歩踏み出す勇気を教えてくれる。
人生って歩いてみないとわからない。

 そうチョコレートとは、喜びと希望の食べ物。
どんなものが入っているか、チョコレート箱を開けて、食べてみないとわからない。

 自分の未来、ふるさとの未来と重なる。

 

 いただいたチョコレート箱をいつ開けて食べようか。
その時を楽しみにしたい。
                  岬人(はなんちゅう)




佐田岬の風景 ~伊方湾~

2016-02-22 | 佐田岬の風景
 3日前の2月19日、こちら伊方町湊浦は朝からいい天気だった。
カメラを取り出し、シャッターをきる。

 室鼻の灯台。


 仁田之浜から中浦、川永田を望む。
山の尾根には、何基もの風車が回っている。
 風は見えないが、風車を通して風が見えるようだ。


 岬に吹く風が、しだいに暖かくなってきた。
春の足音が大きく聞こえてくる。

                   岬人(はなんちゅう)

 

佐田岬の日の出前

2016-02-20 | 感動
 昨日19日の日の出前。
我が家から東の釜木を望む。



 釜木の山の稜線が明るい太陽によってはっきりと見える。
 
 太陽が昇る直前のこの瞬間、背筋がしゃんとする。

 大いなる太陽から光と熱を体いっぱいに感じる。

 愛媛の1日は、佐田岬から始まる。


      (岬人 はなんちゅう)

佐田岬、平礒の大わらじ

2016-02-18 | ふるさと
 5年前の平成23年に撮った写真。



 ふるさと平礒の下ノ川にかけられている。
 下ノ川を向こう側へ越え、写真の道を上っていけばお墓。
こちら側は集落。
まるでこの世とあの世を分ける境目、三途の川のようだ。

 この場所に毎年飾られるているのが大わらじ。
悪いものが集落に入ってこないようにという意味がある。

「鬼がこの集落に入るには必ずこの場所を通る。
そこへ目立つように飾られているのが大わらじ。
この村にはこんな大きなわらじを履く強い者がいる。
入ってきたら、痛い目にあうぞ。」


 こんな魔除けのお話し。

 もう一つ見逃してはいけないのが、
大わらじのそばに、大きな藁包みがある。
大男が食べる弁当みたいなものだ。

 その藁包みの中には、お菓子が入れられていて、
子どものときにそれをおいしくいただいたものだ。

 集落の大人たちもそれをわかっていて、見逃してくれた。
そんなゆるやかな、あたたかい雰囲気があった。
ふるさとにはそんなすばらしさが残っている。

       岬人(はなんちゅう)

 

働く母の姿

2016-02-17 | 感動
 私の最もお気に入りの写真がある。
5年前のちょうど今の時期に、知り合いでカメラマンのりえちゃんが撮ってくれた母の写真。

 

 出荷があったのだろうか。
昼間なのにハルサキの倉庫でサンフルーツの選果をしている。
手際の良い母は、何千ケースものコンテナを一人で選果する。

 この作業は、目の疲労が大きく、
立ちずくめの作業は、足腰にくる。

 こんな作業をもう50年も続けている。

 この写真を撮ってから後、糖尿病のため食事制限を始め、
今はずいぶんと痩せてしまった。
そして膝が痛いと手でさすることも多くなった。

 この写真を見ていると、母の生きざまが感じられる。
 
 もっと親孝行しないといけないな、少し小さくなった母を見てそう思う。



              岬人(はなんちゅう)
 

おじさんからのコニャック・カミュナポレオンのプレゼント

2016-02-16 | 感動
 14日の日曜日、姉の義父に久しぶりに会った。
2年前、お伊勢参りの帰りに松山の家におじゃまして以来。

 大好きなおじさんだ。
鹿児島県枕崎出身の船乗り。
長い間、貨物船の船長として働いた。

 骨太の体格で、鍛えられた体は元気そのもの。
船乗りだが荒っぽいところは全くなく、物静かで笑った時の笑顔がとてもやさしい。
 時おり口から出る鹿児島なまりが、大学時代の親友を思い出させてくれるようで、
そんなところも大好きなところ。

 80歳を越えて、少し元気はなくなったものの、
おじさんの良さは変わらずにじみ出ていた。

 1時間ほどして帰るときに、
「よかったらこれ飲んで。
同じ船乗りで外国航路専門の弟から、40年前にお土産にもらったもの。
うちは誰も飲まないからどうぞ。」


 そんな貴重なお酒を私に。
とまどったが、ありがたくいただくことにした。

 豪華な箱を開けて感動。
ビンではなく、ブック型の陶器にナポレオンのデザイン。
しかも遊び心で、栓がナポレオンの帽子になっている。



 早速、家に帰り一杯。
んー。口あたりがやわらかく、まろやか。
これが長い時間が作り出す熟成の味だろうか。



 おじさんの気持ちも含め、
心もお腹も幸せで満たされた。

 毎晩の楽しみが増えた。
日々の暮らしの小さな幸せ。

 案外、幸せってとびっきりのことよりも
こんなものなのかもしれない。
 
         岬人(はなんちゅう)



佐田岬の風景 ~伊方町豊之浦~

2016-02-16 | ふるさと
 3日前に佐田岬にも春一番が吹いたかと思えば、昨日は雪がちらつく寒さ。
暖かい春が待ち遠しい。

 1週間ほど前に伊方町豊之浦を通ったとき、
あまりに景色がよかったので、カメラにおさめておきたいと思った。



 沖に見えるのは、宇和海の波をたたえて静かに浮かぶ黒島。
美しい景観と磯釣りの名所として太公望を楽しませてくれる無人島。

 ここ豊之浦には、漁師が多く、あっさりして、人情味が厚い。
大好きな豊之浦だ。
 港には、多くの漁船がつながれている。

 

 佐田岬には、リアス式の浦々に、個性的な集落が多い。
どこを見ても歴史や文化、習慣が違う。
そんなオンリーワンのかけがえのないふるさと。

 今回は時間がなく、集落には入れなかったが、
また久しぶりに歩いてみたいと思った。

             岬人(はなんちゅう)

中国からの喜久家ボランティア 

2016-02-15 | 喜久家ボランティア
 今、喜久家には、ワーキングホリデーとして台湾の呉が活動してくれている。
あわせて、喜久家ボランティアとして中国アモイ出身のチンが平礒を盛り上げてくれている。

 13日(土)の夜、我が家に招待して簡単なホームパーティーをした。
カレーライスをいっしょに食べ、お酒を少し飲みながら、さまざまな話で盛り上がった。

 チンは、2年前の高校3年生になったとき日本に来て、日本語学校で勉強してきた。
猛勉強のすえ明治大学に合格し、この春に入学することになっている。

 観光に興味があり、そんな仕事につきたいという希望がある。
その理由について熱く語ってくれた。

「私は中国が大好きで大切です。
でも中国人の海外でのマナーが悪いことが気になっています。
 文化や習慣、考え方が違うこともその理由の一つですが、旅行業の仕事を通して外国のことを伝え、
他国の人とのギャップを埋め、
両国の人の交流を進めていきたい。」


 そんな話を聞きながら、私も息子も感心した。
息子は歳も近いので、自分の考え方を見つめ直すいいきっかけになったようだ。



 チンや呉のような違いと交わりながら、地域が少しずつ変わっていく。



              
            岬人(はなんちゅう)

聖カタリナ高校女子バレー部 伊方中学校で練習

2016-02-15 | 教育
 2月13日(土)、こちら南国四国佐田岬では春一番が吹いた。
ときおり強い雨も降り、春の嵐といった感じ。

 そんな中、伊方中学校に愛媛県高校女子バレーボール会屈指の聖カタリナ高校が練習に来られた。
この土日に県新人大会が八幡浜市で行われ、1試合を終わり、翌日の調整のため。

 中学生たちは、心ウキウキ、ドキドキ。
全国大会でも上位へ勝ち上がるレベルのバレーを間近で見ることができる。
あわせて、自然体バレーという方法を取り入れ、その動画でよくモデルとなっている聖カタリナ高校だった。

 サーブの打ち方やスパイクのコースなど細かなチェックが行われていく。
プレーというよりも考え方や意識の持ち方が多かった。





 そんな練習をメモを取りながら興味深く見学する伊方中学校女子バレー部の子どもたち。
そして何と練習後15分間、中学生にバレーを教えてもらえることになった。
これには大喜び。
それぞれのプレーごとにマンツーマンでていねいな指導をしてもらった。



 高校生たちも先ほどまでの様子とは違った感じ。
教えるということは、自分の考えやプレーを強く自覚することになる。
 高校生たちにとってもいい時間になればと思った。



 スポーツを通して交流が生まれ、自分が成長していくきっかけができる。
岬の子どもたちにとっては、大きな夢が感じられたのではないだろうか。
 岬にはいつも夢がある。


              岬人(はなんちゅう)

伊方中学校の少年式と記念ウォーク

2016-02-05 | 地域づくり
 昨日2月4日は愛媛県の多くの中学校で、少年式が行われた。
四国最西端、佐田岬半島の伊方中学校でも立春にふさわしいさわやかな式だった。

 校長先生からの式辞。
「若者よ群れるな」という言葉が心に響いた。


 式後に行われた記念ウォークでは、少年の日の決意を踏みしめるかのように、ふるさと27㎞を歩いた。




 そしてみんなでゴール。


 ふるさとの明日を担う若者たち。
岬には、夢がある。

         岬人(はなんちゅう)




田舎の平礒の節分

2016-02-04 | ふるさと
 昨日2月3日は、暦の上では節分。
これまでは冬の季節。

 そして今日2月4日が立春。
これから春となり、立夏は、5月5日なので、
5月4日の節分まで。

 立夏以降、夏となり、立秋は8月7日なので、
8月6日の節分まで。

 暦の上での秋は、立冬が11月7日からなので、
11月6日の節分まで。

 そして冬の季節は、立冬である11月7日から、立春の前日である2月3日まで。

 日本には4つの季節があるので、季節と季節の分かれ目である「節分」は、
案外知られていないが、1年に4回ある。

 にもかかわらずほとんどの節分は知られることなく、冬から春へと変わる2月3日の節分が最も知られている。

 
 昨日、母家では毎年恒例の節分の習わしが父のもとで行われた。
数日前、父は山からとってきた、トゲのある「ターラギ(タラの木)」と火であぶるとバリバリと大きな音を立てる
「トベラ」の葉で魔除けの飾り物を作ってくれた。


 ターラギのトゲとトベラの臭いそして大きな音で家に入ろうとする鬼を退治することができる。
まさに「鬼は外~、福は内~」。

 節分もまた未来に残したい、音のある風景。

            岬人(はなんちゅう)