喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

一生懸命な姿 ☆

2010-04-29 | ブログ
 今日も1日、ソフトテニスの練習試合がありました。
宇和島から1時間30分かけて来ていただいた、城北中学校。
いつもよきライバルとして胸をかしていただいている瀬戸中学校。

 今日の目標は、
「気持ちを強く持って、やりきる!」
です。

 午前中何か、中途半端で終わってしまっている子どもたち。
一球にかける思い、一声にかける思いがもっともっとほしいところです。
「そんなテニスして、くやしくないか?」
「しっかり声出して、思いこめてプレーしよう!」
「おちこむひまがあったら、やらないけんこと、あるんやない?!」
「応援している人が感動するような一球を、一声を出そう!」

 子どもたちの目に涙がたまるのがわかりました。
「これじゃいけない」と思っているんです。
「ふっきりたい」と思っているんです。

 それからは、ちがってきました。
全然ちがってきました。
 思いをこめた一声。
 できるという思いをこめた一球。
 どんなボールでも最後まであきらめず走り続ける姿。

 それを感じた城北中学校の保護者が、
わざわざかけ寄り、こんなうれしい言葉を言ってくださいました。

「今日は、三崎中学校の子どもたちの声や姿を見ていて、
本当に感動しました。
うちももっともっとがんばろうと思いました。
ありがとうございました。」と。

 1日の終わりのミーティングでは、
子どもたちの顔が、さわやかに輝いていました。

                   岬人(はなんちゅう)
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おかけや

2010-04-29 | ブログ
「おかけや」さんから、とってもすてきな予告です。

 聞きなれない「おかけや」という呼び名。
今は、まだ言えませんが、とてもすてきな活動をされようとしています。
もう少ししたら、みなさんにご案内できることでしょう。

 毎年「どろんこのうた」カレンダーをいただいている
おかけやさんからのお便りを紹介します。

『どろんこの詩、全国各地で大活躍です。
あちこちの教室や福祉施設、書斎やリビングで、
みんなに力をくれていることでしょう。

 仲野先生、ずーーーっと「よいともだち」だったのでしょうね。
一つひとつの詩から、
天使の笑顔と寄り添う人の姿が思い浮かびます。

 私も、寄り添う人になりたいと思っています。
「今の世の中、少し複雑に考えすぎですね」
ほんとうに。
 いっぱい理屈を考えて、あちこち足を運んで、
私が出した結論は、
「私と一緒にはたらいてもいい」
「はたらきたい」
と感じてくれる人と、いっしょに「おかけや」つくりましょう、
です。

 夢の実現まで、あと少し。
 焦らず焦らず・・・ペンキ塗りに精出しながら、
天使がやってくるのを待っています。』

 おかけやさんの夢は、着実に一歩一歩近づいています。
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エレナからの便り

2010-04-29 | ブログ
 イタリア出身で、今はイギリスで生活している
エレナからお便りがとどきました。

『Ohayou gozaimasu!
Elena desu.
Oneechan no pasocon de kanji tsukawanai kara,gomennasai...
London he kaeru toki ni mondai ga zenzen nakatta.Yokatta!!!
Kono 2kagetsu kan ni mouitchido ARIGATOU GOZAIMASU!!!
Jaa mata renraku surune! Elena 』

 エレナは、3月から4月25日まで、喜久家(Kikuya)プロジェクトの
活動をしてくれました。
ずっと「もっといたい。もっといたい。帰りたくない。」
と言ってくれていました。
うけいれるものとして、これほどうれしい言葉はありません。

 いったいどうしてそんなことを言ってくれるのでしょうか。
「日本のみなさんは、礼儀正しくて、やさしい。」
 私たちがあたりまえに接していることを、
こんなふうに思ってくれているのです。
 日本人の魅力は、これなのかもしれません。
「競争にうち勝つ豊かな国日本」ではなく、
「まごころのある日本人」。

また、エレナからよく聞いた言葉は、
「だいじょうぶ。だいじょうぶ。」と
「ありがとう。」
のことば。
 いつもさわやかで、うれしい気持ちになりました。

 出発の日、私は用事があり見送りができませんでした。
それでもエレナは、
「なかよくしてくれたあなたの子どもたちに会って、お礼を言いたい。」
ということで、片道4㎞、往復8㎞の道を歩いて、
会いに来てくれたそうです。
電話ですませてもかまわないことなのですが。

 本当に、エレナのま心には、感動しました。
また一人、イギリスに大切な友ができました。

                      岬人(はなんちゅう)
 
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子どもたちとの時間 ☆

2010-04-29 | ブログ
 教師というのは、とても大切な仕事です。

 今日も部活動の練習試合。
1日のうちいったいどれくらいの時間を一緒に過ごしているのでしょうか。
朝7:30に学校に来て、夜7:30に学校から帰る日々。
その間、10時間ほどを一緒に過ごします。
この他休日は、部活動半日や練習試合終日。

 一方、子どもたちは家族との時間がどれほどあるかというと。
我が家の場合、朝起きて家を出るまでの1時間。
家に帰ってから、寝るまでの2時間。
あわせて多くても3時間なのです。

 こうなるともう子どもと教師の関係は、他人とは思えません。
さまざまな面で、影響は大きいのです。

 同時に、かけがえのない家族との時間を大切にできるやり方を
考えていかなければならないと思います。

 今日もさわやかな天気。
いい1日にしたいと思います。

                   岬人(はなんちゅう)
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佐田岬平礒の月

2010-04-29 | ブログ
 1年の中でも最も干満の差が激しい春の大潮。
夜空を見上げれば、心洗われるきれいな月。
今夜は十五夜満月。
ふだん街灯やネオンが少ない田舎なので、月の明かるさに驚かされます。

 写真は、佐田岬半島にあるふるさと平礒の我が家から撮ったものです。
月の光に海が照らされ、鏡のように輝いています。
山々の稜線やみかん畑も、はっきりと見えます。
ふだんは真っ暗な夜も、この日は懐中電灯もいらず、
出歩けるほど。

 自然のすばらしさにただただ感動します。
この月と闇夜、そしてそこに輝く星だけでも見に来られませんか。

 都会に比べ、ないないづくしの田舎と思ったら、
意外にも今や田舎にだけしか残っていないすばらしいものもたくさんあるのです。
そんな幸せを感じる夜でした。

 5月2日、間もなく夏も近づく八十八夜です。

                      岬人(はなんちゅう)

 
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どろんこのうた

2010-04-27 | ブログ
 知りあいの柴崎あいさんから、毎年とてもすてきなカレンダーを贈っていただきます。
それは、野村学園が発行している「どろんこのうた」。

 現在、特別支援学級を担任しているので、教室にはらせていただいています。

 野村学園は、まだ自然が多く残っている山あいの地、
愛媛県西予市野村町にある知的障害児(者)施設です。
 児童・成人80名が寮生活を送りながら、共に生活し、学習し、作業しています。
「どろんこのうた」は、生活の中で見つけた感動をすぐに詩に書き、
それを版画に彫った作品です。

 この取組を始めた仲野猛さんは、次のように語っています。

『詩教育に取り組み始めたばかりの昭和48年、坂村真民先生に、
野村学園で初めてつくった利用者の詩集「水尾宏和作品集」を送った。
いただいた感想の手紙が今も手元にある。
(坂村先生は、当時高校の国語教師であった)。
この人たちと接するときの心構えとしてずっと次の一節が焼きついている。

「この天使のような子どもたちのよい友だちになってください。(先生にならないよう)」
友だちとなって彼らと向き合う。
「おれも話がある 山ほどある 山田くにこみたいにある」

 彼らから、詩を引き出すのが詩作指導である。
「思い邪なし」の彼らの言葉は、書きとめれば自らの命の輝きにあふれた詩語となる。
「しゃべったら しらんまに できるのがしです うれしいです」
のように、いくらかの幸福感や誇りを持てる詩の勉強は、
彼らの生涯学習のひとつになっている。

 詩は彼らの存在の証。
支援する者も感動と発見の連続。
立派な詩が社会参加し、
「せんせいは なんでも詩にするけん すばらしい」
と、ほめられる。
 詩の根源学習は続く。 
              仲野 猛 』  

 この版画詩「どろんこのうた」を見るたびに、
命の輝きを感じます。
今の世の中、少し複雑に考えすぎですね。

                        岬人(はなんちゅう)
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エベレスト理論

2010-04-27 | ブログ
 毎週のように土日は、ソフトテニス部の練習試合。

 多くの実践的な学びがあります。
25日の日曜日は、大洲北中学校と瀬戸中学校。
両校とも前向きなとてもすばらしいチームです。

 指導者の影響が大きいと感じます。
 瀬戸中学校顧問は、淺倉先生。
生徒のためならどんなことでもしてあげたい。
生徒と共に泣ける、とてもすばらしい先生です。

 大洲北中学校顧問は、坂本先生。
技術指導と人間力指導を同時に進められ、とてもたよりがいがあります。
 練習試合が終わり、家で一息ついていたところ、坂本先生から電話がありました。
「今日は、たいへんありがとうございました。
また、十分なお相手ができずすみませんでした。」と。
 何と礼節を重んじる方でしょう。
こんな指導者の姿勢は、まちがいなく子どもたちに伝わり、
人間的にすてきな大人へ成長していくと感じます。
子どもたちは、幸せです。

 また大洲北中学校長のお話として紹介していただいたものがあります。
それが、エベレスト理論。
「エベレストに登る準備をした人は、富士山にも登れる。
しかし、富士山に登る準備しかしていない人は、エベレストには登れない。」

 実に明快なお話です。
どんな目標をたて、どれくらいの準備をすすめているか。
もう一度しっかりと見つめ直してみたいと思います。

                       岬人(はなんちゅう)
 
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人間牧場というところ

2010-04-26 | ブログ
 双海町に人間牧場というところがあります。
たぶん雑誌には載っていません。
 牧場主は、地域づくりのカリスマ「若松進一さん」 

 ここはすごいところです。
またそれ以上にここに集まってくる人たちの思いがすごいです。
 一昨日、人間牧場で開かれた二宮尊徳セミナーについて、
若松さんからコメントをいただきました。
実に深い言葉です。
ご紹介します。


『「人でも仕事でも愛するところに集まってくる」、
これは私がよく好んで使う言葉です。
 まさに人間牧場や年輪塾は、
その言葉を地で行くような場所と機会だと思っています。
 人は無意味と思えることでも、
意味があると思えばそこから様々なことを学べます。
子どもに大人が学ぶことは多いし、
異業種からの学びも自分の仕事にずいぶん役に立つものです。
 せいぜいきばって生きましょう。
                  人間牧場主 若松進一』

 幕末に私塾が多く開かれました。
 年輪塾は、緒方洪庵が開いた適塾の気風ににている感じがします。
いかがなものでしょうか?
「個人一人一人の自立を求めていく!」
その後門弟が各地で私塾を開きますが、
慶應義塾を開いた福澤諭吉の考え方もやはりそのようでした。

 今の世、誰かにたよるのではなく、
個人、地域、国においても、たくましく生きていく自立が、
問われているような気がします。

                   岬人(はなんちゅう)

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年輪塾 「二宮尊徳から学ぶ」

2010-04-25 | ブログ
 双海町の若松進一さんを塾長とした「年輪塾」に入っています。
歴史上、塾と名のつくものは多いです。
松下村塾、適塾、鳴滝塾、慶應義塾、津田塾、松下政経塾などなど。

 この年輪塾はすごいです。
塾是 - 年輪を刻むがごとく、常に己の輪を広げる
塾訓 - 歴史上に生きた先人の生き様を検証しながら、
    自らの進むべき道を探求し、塾是に基づき進化・自立の気風を養う

 昨日は、私たちになじみ深い、でもよく知らない「二宮金治郎」について
学ぶ会が始まりました。
これから2年間にわたり学んでいきます。

 これは、目からうろこでした。
おいおい書いていきたいと思います。
昨日の模様は、若松進一さんのブログに載っていますのでごらんください。

  http://ameblo.jp/shin-1/

 「私たちは、何のために学ぶのか?」
そんな問いにあてはまるような1日でした。

                     岬人(はなんちゅう)
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ブログの向こう側

2010-04-25 | ブログ
 「ブログを毎日、見させてもらっています。」
そんな声を昨日何人かから聞きました。
本当にありがたいことです。

 先週は、のべ910人の方が、2290件のブログを見ていただいていました。
1日平均130人。
これは、信じられないほど多い数です。
実家の平礒の人口が45人ですから、その3倍の人が。

 ところが、いったいどんな人が見ていただいているのやら、
わからないのです。
顔の見えない、一方通行。
 でも、昨日のように「毎日見ています」と初対面の方から言われると、
ビックリすると同時に、とてもうれしいのです。
 夕日のたちどまるまち、双海の公民館に勤められている赤石さんという
かっこいい方でした。
名詞には、まだ幼い息子さんが描いたほのぼのとした絵をのせられていました。

 この喜久家プロジェクトブログをはじめた理由はいくつかあります。
1つ、ふるさとから出ている人に、ふるさとの様子を伝えたい。
1つ、ふるさとにいる人に、ふるさとの再発見となるように。
1つ、今田舎がおもしろい!ということを都会の人に伝えたい。

 また多くのコメントを書きこんでいただいていますが、
こんなふうに言葉のキャッチボールができれば、うれしいです。

 さらに顔の見えるおつきあいができれば、最高です。

 ブログの向こう側のみなさんのことを思いうかべながら、
今日も書いています。

                    岬人(はなんちゅう)




 
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「サムエル・ウルマン」という人

2010-04-25 | ブログ
「青春」という詩の作者、サミュエル・ウルマン(Samuel Ullman, 1840年 - 1924年)は、アメリカ合衆国の実業家、(詩人、教育者)。
 
『ドイツ・ヘッヒンゲンの生まれ。
ユダヤ系ドイツ人であったため、迫害を避けアメリカへ渡る。
アラバマ州バーミングハムに住み、荒物商を営みながら執筆を続けた。

 80歳の記念に自費出版した『80歳の歳月の高見にて』に詩"YOUTH"(青春)がおさめられている。
 この詩は第二次世界大戦後、アメリカの雑誌リーダーズ・ダイジェストに掲載され、
連合国総司令官を務めたダグラス・マッカーサー元帥が座右の銘として執務室に掲げたことから、日本でも知られるようになった。
 1945年9月27日に昭和天皇が、日比谷の占領軍総司令部にマッカーサー元帥を訪問し、
天皇が始めて民間人と並んでツーショット写真を取られた部屋の壁に掛けられていた詩が、この青春の詩(英文)であった。

 この詩を、ある日本人(岡田義夫氏説が有力:明24年埼玉県生れ元「東京毛織OB」)が見つけ、感動し、漢詩調に翻訳した。
これが後に松下幸之助氏の眼に止まり、あるインタービューでこの詩の事を紹介し、雑誌に掲載され一躍有名になった。
松下幸之助の座右の銘でもある。

 また、ロバート・ケネディーがエドワード・ケネディーへの弔辞にこのウルマンの詩の一節を引用したのも有名な話である。』(ウィキペディアほか参照)

 
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学ぶこと

2010-04-24 | ブログ
 年輪塾、地域教育実践交流集会と言えば、私のライフスタイルにとって、
とても重要なポイントをしめています。

 本日は、その2つの研修会があります。
年輪塾では、「二宮尊徳セミナー」に参加し、
地域づくり、自分の自立生活を見なおすことを学びます。

 報告は、後日いたします。

 追伸  
 昨夜は、地元三崎の「銀河」というとてもすばらしいスナックで盛りあがりました。
喜久家ボランティア、イタリアのエレナの送別会と
新しく来ていただいたタイの女性ユイの歓迎会でした。
 「さよならは、別れの言葉じゃなくて、再び会うまでの遠い約束」


                     岬人(はなんちゅう)
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田舎の元気、お年寄りの元気 ☆

2010-04-23 | ブログ
 この写真の女性は、浅野ヨシ子おばちゃん。
何歳かというと、何と85歳になります。

 若いです。
最近ちょっと弱りましたが、この肌つや、声のはり、考え方など
まだまだ若さあふれています。

 こんな、お年寄りが田舎を支えてくれているのは、まちがいないのです。

 
 サムエル・ウルマン Samuel Ullman  (1840~1924)が78歳の時、
「青春とは」という詩を書いています。

  青春とは~~~  自由訳:新井満

『青春とは 真の青春とは 若き肉体の中にあるのではなく
若き精神の中にこそある
薔薇色の頬 真っ赤な唇 しなやかな身体 そういうものは 
たいした問題ではない
問題にすべきは 強い意志 ゆたかな想像力 もえあがる情熱
そういうものが あるか ないか
こんこんと涌きでる 泉のように あなたの精神は 今日も新鮮だろうか
いきいきしているだろうか

 臆病な精神のなかに 青春はない 
大いなる愛のために発揮される
勇気と冒険心のなかにこそ 青春はある

 臆病な二十歳がいる 既にして老人
勇気ある六十歳がいる 青春のまっただなか
歳を重ねただけで 人は老いない 
夢を失ったとき はじめて老いる

 歳月は 皮膚にしわを刻むが 
情熱を失ったとき 精神は しわだらけになる
苦悩 恐怖 自己嫌悪
それらは 精神をしぼませ ごみくずに変えてしまう

 誰にとっても大切なもの それは感動する心
次は何がおこるのだろうと 目を輝かせる 子供のような好奇心
胸をときめかせ 未知の人生に
挑戦する喜び
 
 さあ 目をとじて 想いうかべてみよう
あなたの心のなかにある 無線基地
青空高くそびえたつ たくさんの
光り輝くアンテナ
アンテナは受信するだろう
偉大な人々からのメッセージ
崇高な大自然からのメッセージ
世界がどんなに美しく 驚きにみちているか
生きることが どんなに素晴らしいか

 勇気と希望 ほほえみを忘れず
命のメッセージを 受信しつづけるかぎり
あなたはいつまでも 青年
 だが もしもあなたの 心のアンテナが 倒れ
雪のように冷たい皮肉と 氷のように頑固な失望に
おおわれるならば 
たとえ20歳であったとしても
あなたは立派な 老人

 あなたの心のアンテナが 今日も青空高くそびえたち
命のメッセージを 受信しつづけるかぎり
たとえ80歳であったとしても
あなたはつねに 青春

 青春とは 真の 青春とは
若き肉体のなかに あるのではなく
若き 精神のなかにこそ ある』

 
 苦境に満ちた田舎にこそ、
青春の熱は、あるような気がします。

             岬人(はなんちゅう)

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佐田岬の小さな小さな郷の物語 3

2010-04-22 | 喜久家の情報
 毎年3月に「喜久家国際ークキャンプ」を実施している。

 今年も国内外から10名もの若者が集まり、一緒に活動てくれた。
わずか2週間ながら、かけがえのない時間を共に過ごした仲間たちとの別れは寂しく、
涙があふれ出る。
 
 以下は、旅立った一人の若者から送られてきたメールである。

 『初日は、平礒という郷で、
今まで出会ったことのない仲間たちと農家の方たちと共に農作業をして共同生活が送れるかどうか、本当に不安でした。
でも平礒という郷に来てみてうれしいこと、楽しいこと、
辛いこと、悲しいことなど自分の気持ちを素直にぶつけられる場所であると実感しました。いろんなことがあったけれど、私は来るべくして来たのだと思いました。
 
 私はこの出会いをずっと大切にしていきたいと思っています。
だからまたひと回り大きく成長して、平礒に帰って来たいと思います。
行ってきます。』

 
 若者たちとの新しい出会い・つながりは、これからも続いてくだろう。
佐田岬の小さな小さな郷の大きな大きな物語。
そこには、ふるさとの明るい未来があるような気がする。
 
 Yes, We can .       
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佐田岬の小さな小さな郷の物語 2 

2010-04-22 | 喜久家の情報
佐田岬の小さな小さな郷の物語
~「喜久家(きくや)プロジェクト」若者と共に郷づくり~

「郷のいいところを守り、来をいいものにしていきたい。」
地域の人たちのそんな思いを強く受け、
「喜久家プロジェク~若者ボランティアと共に郷くり~」
が2年前の2007年2月にスタートした。

 若者ボランティアを国内外から受け入れ郷の再生と創生をめざし、
一緒に取り組んでいる。
 空き家になっていた家を借り受け、
家主の名前をとって「喜久家(きくや)」と名づけた。
喜びがずっと続きますように、という願いもめられている。
ボランティアとして来てくれた若者たちは、この家で共同生活を送る。
炊事などを分担し、相手を思いやり、時はぶつかり合いながら、絆を深めていく。
 
 日中は、受け入れ農家と一緒に農作業をしながら、様々な話花が咲く。
お互いにとって初めての感覚。
 今まで他人のうわさが多かった地域の人の話題が、
東京・台湾・韓国・ドイツ・アリカ・イギリス・エストニアなどの話へと広がっていく。
またどんな思いで農業をしているかとか、地域の様子について熱く語る。
中には、韓国語を若者から教えてもらい、会話を楽しむ人もいる。
時には野菜やおかずのおすそ分け。
時には、家招いての食事会。 
 
 そして喜久家には、地域の人はもちろん、地域外からも交流を求めいろいろな人が集い、飲み、語り合う。
未来や夢を語る人たちの顔は、とても輝いている。
 
 この3年間で30名の外国人と20名の日本の若者が、ワークキャンプをとおして郷づくりに関わってくれた。
最初は農作業だけだった活動も、交流座談会・学校訪問・清掃活動・地域行事への参加など次々と広がっている。
この他、日帰りで喜久家プロジェクトに関わってくれた日本人は、のべ250名を超える。 
 
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