僕たちは一生子供だ

自分の中の子供は元気に遊んでいるのか知りたくなりました。
タイトルは僕が最も尊敬する友達の言葉です。

キジュン

2020-05-17 | Weblog
ゴールデンウイークはずっと家にいたのでやたら片付けをしていた。
その時出てきたものに「音叉」がある。音楽をやられている私の同世代の60歳前後の方ならすぐに分かるだろうが、Yの字型をした膝等で叩くと440kHzの音がするというものだ。ギターの場合は5弦のAの音をこの音叉の音に合わせると音の基準が出来る。あとはこれを元に他の弦を合わせていけばギターがちゃんと弾ける音に合うのである。
今はチューニングメーターというすこぶる便利なものが出来ていて、音叉で音を合わせている人にはお目にかかったことがない。私も例外ではなく全く使わないまま置いてあったのだが、これが出てきて蘇ってきた思い出がある。
あれは確か中学3年生の頃。やっとこさ簡単なフォークソングのひとつ位が弾けるようになっていた。多分我が家に3~4人が集まりギターを持って遊んでいた時のことだ。その友達の中にバイオリンを弾き始めた奴がいた。なんでも聞くと将来は大阪フィルハーモニーに入ってバイオリニストになるのが夢だという。その彼が言ったことがなんとも衝撃的だった。
「その音叉狂ってるで」
「え~!?音叉って狂うもんなん?え~ホンマに!?」もうやっとそこそこ音が出る位になったレベルの私達からすると音叉の音は絶対であって、それが狂うなんてことは想像だしなかった。ほんのわずかの狂いらしいのだが、そんなもの分かる訳がない。しかも相手はフィルハーモニーを「目指して」いるバイオリニストの卵である。もうそうなんやと信じるしかない。わざわざ彼の指摘通りにチューニングを直すことまではしなかったが、さすがにバイオリニストを目指している奴はすごいな~なんてことでもうただビックリしてその場は終わった。
ただそんなすごい奴を放っておいてはもったいない。その頃はなんたってフォークソング全盛期である。ミ~レド~シドレ~レソーラシレ#(このレの#がたまらない)というバイオリンの前奏で始まる「神田川」が大ヒットしていた。今彼にこれを弾いてもらわない手はない。なんたって音叉の狂いが分かる奴だ。始めたばかりとは言え、こんな簡単な前奏位は朝飯前だろう。今度家に来てもらって是非弾いてもらおうということになった。
その日は来た。その時と同じメンバーが集まる。とりあえず私達はギターの準備もバッチリだ。チューニングは狂っていると言われていた音叉だが。
いよいよバイオリンの前奏が始まる。ワンツースリーフォー、「ミ~」のはずだが「ギ~」としか聴こえない。多分その後も音の上下位は合っていたと思うし、これは神田川の前奏だと強く信じる気持ちがあれば神田川に聴こえるような気もした。彼は眼を閉じて真剣に弾いている。こっちは耳を閉じたくなったがそこは将来のフィルハーモニーを否定する訳にもいかずとにかく聴いて、彼の演奏は終わった。
「いやー、やっぱりバイオリンはええな~、また今度聴かせてや~」なんて子供のくせにやたら大人の対応をしたっけ。
その後彼がフィルハーモニーに入ったのかどうかは知らない。ただあの時の音叉は狂っていなかったんじゃないか。
出てきた音叉は、音程ではなく、人生の豊かさのキジュンを教えてくれていた。