城郭探訪

yamaziro

「万石堤」と「五十年の森」

2014年04月30日 | 遺蹟

ハートピア入口に説明板

今崎と今堀の村境を流れる蛇砂川は天井川で何度も反乱を起こしていました。寛政三年(1791)八月の水害では、多くの家屋や田畑が浸水したため、住民は仙台藩に救助を願いでました。そこで、川の北側にある森を遊水地として、これを取り囲む五尺(約1.5m)、長さ三百六十間(約650m)の土手が築かれました。

六十二万石の仙台藩が造ったので万石堤と呼ばれています。太平洋戦争中、八日市飛行場が拡張されたため、堤の大半は壊されて、今はその一部は八日市福祉センター(ハートピア)の北側に残っています。 中野地区まちづくり協議会(現地説明板)

 尚、仙台藩の陣所は東近江市(旧八日市市)上羽田に置かれいました。

江戸時代、仙台藩(62万石)伊達氏の飛び地(領地)であったため、万石堤と呼ぶ。  ハートピア入口に説明板 仙台藩は、江戸時代に主として現在の宮城県全域と岩手県南部(北上市まで)および福島県新地町を領地とした藩である。旧字では[仙臺藩。 居城は現在の仙台市にある仙台城で、石高は62万石。江戸時代全期を通じて外様大名の伊達家が治めた。知行地には茨城県・滋賀県に数か所の飛び地があった。

飛び地の近江国

旧  国郡     名継目判物旧高旧領取調帳
村数石高(表高)村数   石高(内高)
近江国 蒲生郡之内 18 8,842.794 18 12,220.49600
野洲郡之内 2 1,157.206 2 1,157.20600
小計 20 10,000.000 20 13,377.70200

近江国 - 蒲生郡野洲郡とに9,999石2斗4升4合

東近江市今崎町、東近江福祉センターハートピアの裏側に広がる「50年森」。この森が、中野地区まちづくり協議会のみなさんの手によって美しく蘇りました。   2011年に作業に着手する前の50年森は、木々がうっそうと生い茂り、暗く、荒れ果てた放置林でした。作業を開始すると、待っていたのは大量のゴミでした。 50年森には中央を貫く形で「万石堤」という、江戸時代にこの土地を治めていた ・・・

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