第69話. 2018年 新しき年を迎えて 

2018-01-02 00:42:11 | よもやま話,雑感,最近思う事
湖畔人です。

2018年が始まりましたね。
今年も色々ありそうな年ですが、一般人としては、やはり、人としての自然な欲求に基づいて、大切な事、守るべきものをしっかり意識しながら行動して参りたいと思っています。
自然な物の考え方として、まず自分を愛し、自分の家族を愛し、自分が属する会社や、自分が属する自治体を愛し、自分の国を愛する、そして、アジアをも愛し、世界が平和である事を祈る、そしてそれら全てを作りたもう神を畏れ敬い、自分の愛するそれら全てが神に守られることを祈る、そして、それらを壊さんとする悪しき勢力から愛する存在を守らんとする、そうした態度は、極自然な人としての当たり前の欲求と態度だと思うのです。こうした思考プロセスを踏む人達を世間では『保守』と呼ぶようですが、でも、保守とか右とか、別に特別な事でも何でも無く、“普通”と言っていただきたい所ですね。ただ、こうした思考経路を持つこと自体が何か難しくなって来ているように感じる今日この頃です。
先の大戦の評価がその一つです。他国であるアジアの同胞の解放の為に、欧米相手に戦線を拡大し、南国での暑さや病気、家族を残す心残りや、空腹に耐えながら、戦い亡くなって行った数多くの英霊達の戦いと死を過まった行為、無駄死とし、してもいない南京大虐殺や慰安婦問題等の虚言をまるで事実であるかのように批判する隣国に大した反論もせず、放置をして、ある意味認めて来たその態度は誤りだったと思うのです。今年は、中韓や国連機関にも、しっかり反撃を開始すべきですね。それで仮に国交が怪しくなっても、国連機関から非難を受けようとも全く困ることはありません。真実と正義はこちらにあるのですから。ユネスコにも南京の記憶遺産は必ず撤回させねばなりません。
この世界が神により作られ、人類が神の子達であるなら、それにふさわしい世を作っていく必要がありますね。
その意味で、国家の体制維持の為に、神も信ぜず、人命、人権を軽んじ、法律もものともせず、個人の自由、特に言論と信教の自由を禁じ、体制を批判する人々を簡単に弾圧、粛清し、武力(経済力も)と恐怖で世界を手懐け、コントロールせんとする専制国家の存在やその勢力の拡大は神の視点から見てやはり問題ですね。中朝がそれに該当しますが、現状の北の核保有が確定すれば、その勢力の拡大を阻止するのが難しくなります。
北は韓国の冬季オリンピックの成功を口にし、米国による攻撃がし難い状況を演出していますし、日本国内にも、北の核保有化を阻止するよりも、ひたすら戦争を避ける事を最優先とする意見も多いのですが、やはり、単なる肉体生命の保持を最優先し、悪しき体制に靡き、許容をするのではなく、そうした悪しき体制には明確に否定をし戦いを挑むべきなのです。ただ生きれば良いというものではないのです。人類が神の子達であり、神の子達が住まう世界としてこの世界のあるべき社会体制がどうあるべきか考え、その実現を優先すべきなのです。中朝は共産主義の無神論の専制国家で、対するアメリカは人の自由が神に与えられたと見、自由と人権と民主主義、神への信仰を尊ぶ国です。アメリカが、トランプ氏が何を守り、何と戦おうとしているか、そこを見ないといけませんね。日本は神の代理である天皇家により統べられて来た国です。どちらと親和性があるか、日本の神々がどちらに付く事を望んでいるか明々白々ですね。
その方向で声を上げて行かねば成りませんね。
今年も頑張っていきましょう。

湖畔人

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