第451話.気になった音楽(168)(169)夏の終わりを惜しむ曲⑤The Skyliners『Since I Don't Have You』,⑥竹内まりや&大瀧詠一『恋のひとこと』

2020-08-30 18:13:34 | 気になった音楽
湖畔人です。

前話に続き、夏の終わりを惜しむ曲をオールディーズから2つご紹介です。

夏の終わりを惜しむ曲の5曲目は、The Skylinersの『Since I Don't Have You』です。これは、失恋でもう何もやる気しません。もういいです。ツライ。みたいな曲ですが、過ぎ行く夏を寂しく思う感じに近く、選びました。

最後は、竹内まりやさんと大瀧詠一さんのデュエットで『恋のひとこと』です。シナトラ親子の『Somthing stupid』のカバーですね。これも夏とは関係ないけど、終りつつある夏の海辺に吹く涼やかな風に似た感じを受けて選んでみました。

良い曲です。お薦めします。

これで、今年の夏の終わりを惜しむ曲集もおしまいです。

もう夏も終わりですね。もう秋ですよ。なんか寂しーですね。

では、また。

湖畔人  

第450話.気になった音楽(167)夏の終わりを惜しむ曲④The Five Satins『To The Aisle』

2020-08-30 17:59:59 | 気になった音楽
湖畔人です。

前話に続き、夏の終わりを惜しむ曲のご紹介です。

主に、オールディーズです。と言うか、ルーカスの映画『American Graffiti』のサントラが、自分にとっては夏の思い出そのものになっていまして、中学の頃やたら周りが聴いていたのです。たぶん、当時は原宿のホコ天のローラー族の影響か、自分が住んでた海辺の街でも学年ごとにチームがあって、チーム名を決めて、チーム名が刺繍されたお揃いのスカジャンを皆で作って着ていて、オールディーズの曲に合わせて皆でステップを踏んでいたのです。501履いてクリームソーダの財布をポケットに挿して、足元はコンバースかラバーソウルで決めてやたら踊っていました。自分はそのチームには入っていないけど、音楽は一緒に聴いていたし、海辺で海の家の手伝いをしたりみんなでよく遊んでいたので、自分にとっては夏の思い出の一つなのです。

また、今振り返ると、能天気で熱狂的で馬鹿みたいに浮かれていた軽くてPOPな当時のアメリカの若者文化そのものが世界にとっての夏みたいな時代でして、夏の終わりと言うと、アメリカンオールディーズを連想するのです。その中でも夏の終わりと言う事で一番しっくりくるのはThe Beach boysの『All Summer Long』ですが、以前すでにご紹介しているので、今回は『American Graffiti』のサントラの中で夏の終わりの切なさに気分的に重なる曲をセレクトしてみました。 

夏の終わりを惜しむ曲の4曲目は、ファイブサテンズの『To The Aisle』です。この曲自体は、出会いから結婚までの道筋を描いた曲で、ホントは夏とは何の関係もないけど、でも個人的には『American Graffiti』の中の思い入れのある曲の一つと言う事で選びました。良い曲です。まるで、"今後僕は良いパートナーと出会い、結婚なんて出来るのだろうか?"と不安がる青年に、"心配しないで、今後、君はある女性と出会い、段々と仲良くなり、段々と結婚を意識するようになり、そしてAisle、教会のバージンロードを歩いている事でしょう"、と励ます、縁結びの天使達の囁きの様な曲です。

では、次話に続きます。

湖畔人  

第449話.気になった音楽(164)(165)(166)夏の終わりを惜しむ曲 ①Mr.Children『君がいた夏』,②稲垣潤一『夏のクラクション』,③山下達郎『悲しみのJODY』

2020-08-30 17:15:41 | 気になった音楽
湖畔人です。

先週予告したように、今週は、夏の終わりを惜しむ曲集をやってみたいと思います。毎年似たような企画やってますが、まぁ夏の終わりを惜しむ曲はいい曲が多いですからね、今年もやりたいと思います。

まず夏の終わりを惜しむ曲集、一曲目はMr.Childrenの『君がいた夏』です。ミスチルはもっともらしい感じがとっても苦手でして気に入っている曲は少ないのですが、初期のほぼネオアコ枠でいけるこの曲は好きですね。歌詞はそのまんまで、夏の終わりが恋の終わりという切ない曲ですね。でもとてもイイと思います。

夏の終わりを惜しむ曲集、二曲目は、稲垣潤一さんの『夏のクラクション』です。これは完全にAOR枠の曲ですね。歌詞は売野雅勇さん、作曲は昭和の天才、希代のヒットメーカーと呼ばれる筒美京平さんです。自分は筒美さんの曲が好きみたいで、気が付くと筒美さんの曲を結果的に選んでいます。これまでここでご紹介した曲にも筒美さんの曲は多いし、太田裕美さんの『木綿のハンカチーフ』も、中村雅俊さんの『時代遅れの恋人たち』や『海を抱きしめて』も今井美樹さんの『野生の風』もみんな筒美さんの曲ですしね。筒美メロディはアメリカで流行ってもおかしくない位の無国籍具合、普遍性が良いのだと思います。この曲の歌詞も夏の終わりが恋の終わりという曲で、基本皆一緒ですね。でもイイ曲です。お薦めです。

夏の終わりを惜しむ曲集、三曲目は、山下達郎さんの『悲しみのJODY』です。作詞作曲とも達郎さんです。こちらは、夏と共に去って行った好きだった女性への片思いの歌ですね。夏と共に甘い期待も一緒に終ってしまう悲しくも切ない歌なのです。夏の終わりを惜しむ気持ちに重なるなんとも切ない一曲です。お薦めします。

次はちょっとオールディーズっぽいのを幾つか同じ夏の終わりを惜しむ曲集枠でご紹介したいと思います。

では。

湖畔人

第448話.夏の終わりの湖畔模様

2020-08-30 16:42:03 | 花鳥風月
湖畔人です。

先日久々に、湖畔散策をしました。
それも珍しく午前中。

いつもは夕方の刻々と変わる光が織りなす湖面と雲の色彩の変化を楽しむことが多いのですが、AMってのはあまりないのです。

でもAMの湖畔もとても新鮮で、印象派の絵画のようで、色合いがソックリで驚きました。印象派の連中も朝早くからせっせと光を求めて絵を描いていたのかもしれませんね。

AMの湖畔の主役は、湖でもなくその周辺の緑、日の光を浴びてキラキラ光る緑、特に収穫間際の水田ですね。湖自体は風のせいか、ちょっと濁ったウグイス色に近い色、対岸の岸辺はブルーグレーを薄くした色、空は済んだ水色で小さな白い雲が複数風に流されて浮かんでいます。その下には、複雑に微妙に色の違った緑の面が日の光を浴びて輝いているのです。

稲穂が茶色ですから遠くから見ると水田は明るい黄緑色の四角い面に見えていて、それが発育具合によって色が微妙に違っていまして、前述のような稲穂が実って明るい黄緑色の面もあれば、もっと濃い青っぽい緑の面もあり、畦道の草の緑も綺麗な明るめの緑でまた違っていて、湖畔の水辺の境にある葦の緑は、もうちょっと暗めの緑で、枯草なのか茶色い所も所々にあり、また違った様子でして、同じ緑の中に数十種類もの色んな緑色が混在しており見ていて飽きないのです。一部には稲刈りももう終わって黄土色になっている面もあり、良いアクセントになっています。

そんな中ひと際目立つのは蓮田です。葉も丸く大きくて、その大きな蓮の葉の中に、これまた大きな蓮の花が白や薄くピンクがかったものが大きく花開いています。以前はその大きさからちょっと敬遠していたのですが、第316話でご紹介したシロガネヨシ、パンパスグラスと同じように、その大きさが、太古の昔の植物でも見ているかのような非日常性を感じさせてくれるので、なんかいいなーと今は気に入っています。

湖畔の鳥ですが、トビとキジバトが主役で、たまに雉を見掛ける位ですが、雉の子供達が太陽光パネルの下で先日涼んでいるのを見ました。太陽光パネルなんて、あまり効率の良いモノではないし、電力会社に高く買い取られているはずで、我々の電気代が上がり迷惑だし、環境左翼の大好物なので個人的には苦手ですが、鳥達にとってはちょっとした避暑の場を提供しているようで、少しは役に立っているようです。

冬になればタゲリの季節が来ますが、それには後二カ月待つ必要があります。
待ち遠しいです。

湖畔人

第447話.近況と世情 とある宗教家の芸能界への見方と映画

2020-08-30 15:42:24 | よもやま話,雑感,最近思う事
湖畔人です。

尊崇する宗教家が最近面白い事を言っていました。その方は、現役東大生達が集うバラエティ番組を観たらしく、その番組のゲストに売れっ子の女優さんが出ていたようなのですが、出演している東大生の一人がその女優の名前を知らず、その女優の天真爛漫な振る舞いを見たからなのか"女優業も気楽でいいですね"的な若干見下したようなコメントをしたらしいのです。それを見ていた東大のOBでもあるその宗教家は、その態度にカチンときたらしく、"芸能の世界で一流として残っているタレント達は、大なり小なり見えていない所で凄まじい努力をしているのが普通であって、その激しい競争の中生き残ったタレント達を見くびるなよ、この競争の激しい世界で一流でい続ける事の難しさは、東大に入る事よりもずっと難しいんだぞ、勘違いすんなよ"的な事を言われており、ちょっとお怒りのようでした。東大OBが言うのですからきっとそうなのでしょう。キムタクにしろ現場には台本を持ってこないと言うし(全部暗記して頭に入れて現場に来ているようです)、岡田准一さんに至っては、若いころから一日一冊の読書と、一日三本の映画鑑賞をノルマとして自らに課しており、今もそのノルマをずっと続けている事や、武術の資格を複数有する程の勉強家である事などを例として出して、その意識の高さと、彼らが自らに課している見えていない所での努力を称賛しており、競争の激しい芸能の世界で生き残って来た彼らは大体皆こうした凄まじい努力を陰でしているのが普通であって、皆、成功者達は基本努力家なのだ、と言うような事を言われていました。自分もそんな見方で芸能人を観た事が無かったので"へぇーそうなのか"と、ちょっと驚きでした。逆に、"おい、そこのサラーリーマン、お前はそんだけのことしてんのか?"と聞かれると、"いや、流石にそこまでは…"、って感じで、言葉に詰まってしまう自分がそこにはいるのです。植木等ではないですが、サラリーマンは気楽な稼業なのかもしれませんね、なんか悔しいですね。ちょっと負けてられませんね。もっと頑張らないといけません。ウーーン。

さて、その尊崇する宗教家が企画し、その尊崇する宗教家が設立した宗教において起きた数え切れないほどの数多くの奇跡の中から幾つかを抜粋し紹介する映画がつい最近始まりました。私も観させていただいたのですが、まぁ、ただただ見事なSomethingを観させて頂きましたね。あんな映画、正直、今まで見た事がないです。良質な人間達の、各自の抱える人生の課題に対し真摯に向き合う姿、その葛藤との格闘の歴史と、その結果彼らが辿り着いた、穏やかで淡い光に包まれた深い安堵感の世界に今住んでいる彼らの姿と、そして生かされている深い自覚から来る自然な感謝と、そこから自然に生まれて来る利他業への深くでも軽やかな決意を感じる、まぁそれはそれは凄まじい映画でしたね。いやーー正直驚きました。ホント凄い人達がいたものです。彼等の存在が現実なのかと思うと、彼らの存在自体が一つの奇跡なんだなと、正直思いましたね。本当に凄い"何か"を見てしまいした。スゴイ衝撃を受けました。

でも、あのアフリカの女の子の復活は、あれは現代版ラザロの復活ですね。でも、ある意味、神の声を聴いた信者が代行して成したと言う意味では、キリスト自身が成したラザロの復活よりももっと凄い事なのかもしれませんね。ホント凄いです。ビックリしました。

では。

湖畔人