伝統工藝や伝統芸能は「内弟子」という制度で繋いでいっていたのだな、というのがこの度の新制作座訪問で、深く納得した
今回は熊谷好博子さんの工房で「内弟子」12年の成田崋山さんとご一緒した
当時先生の仕事部屋は二階で、お弟子さんたちは一階で仕事をしていた
その為取材の私はまっすぐ二階に上がっていき、お弟子さんたちとの接点はあまりなかった
通いのお弟子さんはやめる率が高い
サラリーマンのように時間に来て仕事が途中でも、退社時間に帰っていく
外でのいろんな情報があり、「この仕事で一生を立てる」という強い気持ちがない限り、うろうろといろんな職場の人の誘惑に負けてしまうことも多いだろう
そこへ行くと内弟子は、朝から晩まで夜中まで師匠の仕事を見聞きする時間がある。昔の仕事の覚え方は「見て覚える」ということが基本なので、内弟子はめきめき腕を上げる
美術学校の出身者とかデザイン学校の出の人は、最初は覚えも早いし上達もするが、さて師匠から何を盗んでいくのかということがないようだ。自分のやり方がいいと思っているので、師匠の極意を身に着けることが出来ない
表向きはきれいにできるのでさっさと独立していっぱしの友禅作家になる人も多い
そういう人の中には才能を生かしている人もいるが、基本的な色の出し方、柄のストーリーが分からず出来上がった着物にオーラ―がない
新制作座では桐ダンス一棹が「熊谷好博子ダンス」なのでその着物の一枚一枚を丁寧に成田崋山さんが説明してくださる
若い時の物から、晩年への時代も筆の運びや顔料の調合など、一緒にそばで仕事をしていないと見えてこないことを説明していただき、感動の時間が過ぎていく
勿論成田崋山さんの江戸解友禅は、確り師匠の技術の上に立っていて、特に柄合わせの正確さに「江戸」の意気を感じさせてくれる
着る側からの偉そうな一言を恥じるチャ子ちゃん先生
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます