昨日の記事の、ココから↓考えてみたい。私は神功皇后は実在したと思っているので、その仮定の下で進めている。
「神功皇后と血のつながっている丹波氏や葛城氏は、今更説明をするまでもなく、海部であり山部である。」
ここに何かしら引っ掛かりを感じている。
もう少し詳しく調べてみると、
神功皇后の母親は「葛城高顙媛(かずらきのたかぬかひめ)」アメノヒボコの子孫とされている。
また葛城高顙媛の両親は「多遅摩比多訶」と「菅竈由良度美」である。
ここで葛城氏と関係している。
神功皇后の父親は「息長宿禰王(おきながのすくねのみこ)」
息長宿禰王の両親は「迦邇米雷王」「高材比売」
迦邇米雷王は「かにめいかずちのみこ」と発音する。
蟹と米なのである。
この辺りも何かしら「蟹の歌」に暗喩的に入っているのではないだろうか?
さらに、彦坐王(ひこいますのみこ/ひこいますのおう)は第9代開化天皇と、和珥臣(和珥氏)遠祖の姥津命の妹の姥津媛命(ははつひめのみこと)との間に生まれた皇子であるそうだ。(山代之大筒木真若王は彦坐王の息で、迦邇米雷王は孫である。)
彦坐王の妃に息長水依比売命(おきながのみずよりひめのみこと) = 天之御影神の女であり、その息に丹波比古多多須美知能宇斯王(たんばひこたたすみちのうしのみこ、丹波道主命)がいる。
ここで、やっと丹波氏とのつながりが見える。
以下のブログも大変興味深く読ませていただいた。
https://enkieden.exblog.jp/17489744/
http://www.ikishi.sakura.ne.jp/ikizingukougou.html
http://kodai.sakura.ne.jp/yamato/602-gisaku.htm
気になった事は遠慮なく言えるのでそれが間違ってるかも?として対応して頂けると助かります。
6229 結構素直で騙され易いし、信じ込み易いので。けど主張強くても聞く耳とまた方向転換は大好きですので。
次の節にでてきます「葛城氏」!
これから本を読んで、書きながら学んでいきます。
(だから、よくわからないまま書いてます。)
変なところがあったら、教えてください。
宜しくお願いいたします。
そう開化さんは、奥様からいい因子頂いてるはずなので注目される人財は子供以降です。で奥様情報も多分見えなくされてますね。
タジマって音の方はしとぎと繋がるのではないかな?田道間守も超好きな方でどこかの古墳に中に埋葬されていたんでしたっけ?お餅とかお菓子とかの神さまと私の中では一緒になってます。たしか昔気になった時はJRの奈良駅前に行きたい神社があったように思ったんですけど、この前行ったら開化さんの古墳の裏でしたよ。おまけにとても良くして頂き大吉で超嬉しかった思い出あります。ここも関わってくるといいなあと思います。
一番大事なのは葛城氏の解明ですよね。葛城襲津彦はある講演会では実在する人物で一番古い方だと評価されている割にあまり情報がないんですよね。また子孫がまた闇になる。その減員の一つが武内宿禰さんです。なのでまず宿禰さんを違う時代として置いておくとちょっと見えてくる物があると思います。
多賀の犬上の古代の地名として甲良というのが昔から蟹に思えてまして、カニの甲羅ってのもありますよね。それで昔猿蟹合戦もかなりハマりました。猿は敵で蟹と臼と栗でしたね。栗は関係ありそうですし、臼は木製でおしゃもじと関係するでしょう。あとは蟹ですね。甲良か鋏か?多分金属加工の鋏かな?とは思ってます。タガの由来も高の説もあるようですね。あと高良っていうと宿禰さんが祭神になっている神社も各地にいますけど、個人的には葛城の血すじじゃないとあり得ないので磯良だと妄想してます。猿はうっかりやっつけちゃったので復讐される。曽我兄弟じゃないけど連鎖は今世でどちらかでやめてタッグを組まないと日本がおかしくなりますよ。
そこに和邇さんは必須です。和邇さんを探るには奈良の山から西に大阪方面への横への動きで見えてくるとは思います。田原本町をじっくり古墳から探ってみます。近江大津辺りとの比較ですけど、継体天皇もヒントになると思います。金属農具を作れる技術があったはずですので。4843