ICJ(国際司法裁判所)については、これまで、当事国の合意がなければ開廷されないとされてきました。特に竹島問題については、再三に亘ってこの点が指摘されており、同問題が司法解決できない理由とされてきました。訴訟手続きにあって当事国の合意を要件とするのは、司法制度としては致命的な欠陥となりますので、制度改革により、早急に是正すべきと言えましょう。犯罪者の同意がなければ、裁判に付すことも出来ないようなものです。その一方で、今般のウクライナ紛争にあっても、イスラエル・ハマス戦争にあっても、ICJは、ロシア並びにイスラエルに対して暫定措置命令を発しています。
1945年6月26日に署名された国際司法裁判所規程の第40条では、ICJに対する事件の提起は(1)特別の合意の通知、並びに、(2)書面の請求によるものの二つとされます。この規程からしますと、(2)の書面による請求であれば、原告国による単独提訴が可能なように思えます。ところが、1978年4月14日に採択され、より詳細な手続きを定めた国際司法裁判所規則の第38条5には、「請求の相手国が当該事件のための裁判に同意するまでは、その請求を総件名簿に記載してはならず、また、手続き上いかなる措置ももってはならない」とあり、被告国の同意がなければ裁判手続きが先に進まない仕組みとなっているのです。こうした諸規定が存在するため、ICJは、単独訴訟を門前払いすると批判されてきたのです。
その一方で、ICJは、‘国家の権利が回復不能の損害に陥る切迫かつ重大な危機に存している場合’を想定し、保全的、あるいは、救済的な措置を準備しています。先ずもって、国際司法裁判所規程の第41条には、暫定措置の条文が設けられており、ICJに対して、同裁判所が必要と認められる時には、各当事者のそれぞれの権利を保全するために暫定措置を指示する権利を与えたのです。この条文には、紛争当事国双方の同意を要件とする旨の規定は見られず、ICJの職権とも解されます。
ところが、この暫定措置は、国際司法裁判所規則では、より制限的な表現が加わっています。規則の第73条1では、暫定措置の指示を求める要請は、‘その要請の関係する事件の手続き中いつでも’とあり、事件の受理と手続きの開始を条件としているようにも読めます。また、ICJの職権による指示を定めたとされる第75条1でも、‘暫定措置の必要性の有無の検討を決定することができる’とする曖昧な言い回しであり、‘検討の決定’が‘暫定措置の決定’と同義であるのかどうか、判然としません。続く第75条2も、暫定措置の要請があった場合の規程であり、同要請が事件の受理を前提とすると狭く解釈するならば、単独要請もできないことになってしまいます。
それでは、この難題を、どのようにしてウクライナや南アフリカは乗り越えたのでしょうか。その方法とは、他の条約に定められている‘紛争解決手段の条文’を利用するというものです。今般の両国の要請は、いずれもジェノサイド条約違反を問うているのですが、同条約の第9条には、同条約の適用または履行に関する締約国間の紛争は、いずれかの紛争当事国の要請によりICJに付託されるとしています。つまり、この条文を足がかりにすれば、直接の紛争当事国ではない南アフリカであっても、イスラエルを提訴することが出来るのです。ロシアもイスラエルもジェノサイド条約締約国ですので、ウクライナや南アフリカの訴えは、締約国間の紛争となるからです。因みに、同手法は、南シナ海問題にあって、フィリピンが、国連海洋法条約に基づいて常設仲裁裁判所に対して中国を訴えた事例に類似しています。何れにしましても、他の条約の紛争解決の条文にICJへの付託が明記されている場合には、ICJは、単独提訴であってもこれを受理し、裁判手続きが開始されるのです。
なお、ウクライナの提訴に対してロシアは応訴せず、不出廷を選択しています(事実上の単独提訴・・・)。裁判回避は、ロシアに弁明の機会を失わせますので、この判断は適切であるとは思えないのですが、ICJは、非公式ながらもロシアの主張を考慮しつつ、暫定措置を指示していました。その一方、南アフリカの要請については、イスラエルは同訴訟手続きに参加しています。
以上に述べてきましたように、ICJの手続きは、それが迂回的なものであれ、より一般の司法手続きに近づいてきたと言えましょう。そして、規程の改定を急ぐべきは言うまでもないのですが、現状にあって領有権確認訴訟の形態が難しいのであるならば、この手法は、尖閣諸島や竹島問題等の日本国が抱える問題の解決にも応用できるかもしれないと思うのです(つづく)。