万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ルソーが語る富者の狡猾な誘導

2024年07月19日 10時18分42秒 | 国際政治
 ルソーの思想は、しばしばフランス革命に理論的な根拠を与える共に、全体主義への道を開いたとされています。ルソーに対する全体主義批判は、その著書、『社会契約説』にあって絶対不可分な‘一般意思’なる概念を提起したことに因るのですが、18世紀という時代を考慮しますと、その過激性や論理矛盾は致し方ない側面もあります。理論上の問題点は別に論じるとしましても、昨日の記事でも述べたように、ルソーの‘悪’に関する洞察は、時代を先取りしているように思えます。否、『人間不平等起源論』では、原始時代の終焉による人類の堕落と腐敗のプロセスを論じたが故に、その鋭い観察力は、表面には現れない内面的な‘悪’をも見逃さなかったのでしょう。何れにしましても、ルソーの著書に見られる指摘には、はっとさせられることが多いのです。

 さて、『人間不平等起源論』には、偽装戦略の他に、もう一つ、ルソーの鋭い観察力が発揮されている記述があります。これも富者による詐術的な手法の一つなのですが、今日、全世界で起きている由々しき現象をも言い当てているように思えます。その文章を以下にご紹介します。

「自分を攻撃した者たちの力そのものを自分のために使用し、自分の敵を自分の防御者にすることであり、自然法が自分にとって不利であるのとちょうど同じくらいに自分にとって都合のよい、別種の確立を彼らに吹き込み、別種の制度を彼らに与えることであった。」

同文章は、私有財産制度の始まりを富者による‘謀略’と見なす文脈において記述されていますので、個々人に対する権利保障の重要性に鑑みれば、ルソーの見解は首肯し得ないのですが、富裕な人々の狡猾さや計算高さはよく説明されています。18世紀のフランス革命を見ましても、‘アンシャン・レジーム’の頸木に縛られ、貧困と抑圧に喘ぐ市民による蜂起として捉えられがちですが、革命によって最も利益を得たのは、近代以降の産業化の波に乗り、商工業で財をなした新興ブルジョアでした(このため、フランス革命は、‘ブルジョア革命’と称されることにも・・・)。市民達の生活苦や貧困の原因は、当時の王制のみならず、他者を犠牲にしても自己利益の追求に走りがちな新興ブルジョアにもあるにも拘わらず、同革命では、富裕層の権利はより厚く護られることとなのです。

 今日のアメリカでも、トランプ前大統領暗殺未遂事件が起き、トランプ前大統領の当選がほぼ確定的となるやいなや、富裕層による同候補への支持の乗り換えが報じられています。例えば、EV事業で巨万の富を築き、総資産が42兆円ともされるイーロン・マスク氏は、事件発生から僅か30分後には、トランプ前大統領への支持を表明し、同候補の政治団体に対して毎月凡そ4500億ドル(約71億円)の寄付を約束しています。勝ち馬に乗ろうとする現象はバンドワゴン効果とも言われ、しばしば選挙では見られるのですが、トランプ氏の支持層は、リベラル派が推進するEVの普及には反対する人々ですので、マスク氏の変心は、同氏のEV事業にとりましては利益相反となるとする指摘があります(ただし、宇宙事業に重心を移すための布石とする説も・・・)。

 トランプ前大統領には、もとより親族を介したユダヤ人脈や大口の寄付者でもあるユダヤ系富豪層との関係もあり、二頭作戦を得意とする世界権力であれば、当然に、共和民主両党に対してマネー・パワーを浸透させていることでしょう。どちらが勝利しても、自らの利益となるように。労働者のための党であったはずの米民主党が、今や「お金持ちエリート政党」に変貌してしまったのも、富裕層による二頭作戦がもたらした当然の結果であったとも言えましょう。そして、新自由主義者が唱える‘自由’も、全ての人々の相互的な自由ではなく、極少数の富裕層の無制限な自由であるのでしょう。

 こうした現象を見るにつけ、上述したルソーの指摘は、なおも富裕層による狡猾な他者、すなわち、‘支持者’の‘使い捨て’が起き得る現代に生きる人々への重大なる警告のように思えてきます。飢える市民が革命の実行部隊として利用されたフランス革命と同様に、今日にあっても、水面下におけるマネー・パワーによって、労働者の怒りや不満は、結果として富裕な金融・産業財閥を護り、一般市民によるグローバリズムへの批判がグローバリストの盾となってしまうかもしれないのですから(目的地と終着地が逆さとなるメビウスの輪作戦でもある・・・。)。

 もっとも、トランプ前大統領については、アメリカ国民のために、同前大統領の言葉を借りれば‘ディープ・ステート’と本気で対決しようとしたため、排除されそうになった可能性はあります。暗殺が未遂に終わったため、計画が狂ってしまったとも推測されるのですが、真相は、未だ藪の中です。何れにしましても、ルソーの警告は、全ての人々が知っておくべき政治的知識なのではないかと思うのです。

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