アメリカ大統領選挙におけるイーロン・マスク氏の突然の登場は、同選挙結果を分析、あるいは、解釈するに際しての攪乱要因となっているように思えます。昨今のウェブ記事を見ましても、トランプ陣営の勝利は、マスク氏の多大なる貢献によるものとする見解も多々見受けられます。あたかもハリス候補からマスク氏に乗り換えたかのように、マスク氏にスポットライトを当てた報道が目立っているのです。もちろん、自らの存在感を高めたい同氏による、潤沢な資金を投じたマスコミ戦略であるかも知れないのですが・・・。
大統領選挙が実業家や富裕層にとりまして有望かつ最高の投資先であることは、国家権力の絶大さに思い至れば容易に理解されます。随意契約などであれば、政府調達は自らのビジネスチャンスとなりますし、何と申しましても、自らのプランを政府に実行させることができるからです。例えば、インフラ事業など公共性の高い事業分野への参入を計画した場合、それが公営事業であれば、政府に民営化政策を実行させればよいこととなります。再生エネ、とりわけメガソーラ等の建設を伴う太陽光発電事業が政治家の利権がらみとして批判を浴びたのも、エネルギー政策が特定の事業者を潤すからなのでしょう。
また、事業資金が不足しそうな場合にも、公的に支援すべき‘成長産業’に政府に指定してもらえば、産業政策上の補助金や助成金という形で調達することもできます。しかも、グローバル化した今日では、これらの政策で利益を得るのは国内企業とは限らず、国民が海外事業者やステークホルダーのために税金を納める事態にも至っているのが現実です。そして、巨額の献金など、マネー・パワーによって政治家を外から動かすよりも、自らが政府の内部に入り込み、そのメンバーともなれば、まさに‘鬼に金棒’なのです。
マスク氏の場合も、次期トランプ政権において、自らのプランや未来構想が実現することを目的としているのでしょう。宇宙開発には莫大な予算を要しますが、その事業コストを、自らが全て負担するのではなく、国庫から支出させることができます。国家レベルで開発した先端技術や高レベルの施設等、さらには研究員等を含めた公務員という人材をも使用することも夢ではなくなります。国家に‘寄生’すれば、国民が納めた税金も、自らの事業資金として使うことができるのですから、その利益は莫大です。投資の収益率としては、これに優るものはほとんど存在しないかも知れません。
目下、新自由主義の権化ともされるマスク氏は、‘政府効率化省’を設立して国家予算の3割削減を目指すとされています(会計検査院とは別組織?)。マスメディアは好意的に報じていますが、この案が実現しますと、マスク氏は、アメリカ財政全般に口出しできる立場を得ることになります。それが表向きは‘予算の効率化’を目的とし、削減権限に限定されたものではあれ、猟官政治の果てに一私人によって、国家の財政権限、すなわち予算編成の権限が握られることとなりましょう。
あたかも大統領選挙の‘真の勝者’がマスク氏であるかのような報道ぶりには驚かされるのですが、同氏が、以前にあっては熱心な民主党支持者であった点を考慮しましても、今後の動向につきましては十分な警戒が必要なように思えます。宇宙開発につきましても、政府効率化省につきましても、どこかに世界権力の影が見え隠れしているからです。仮に、マスク氏が‘トロイの木馬’であるとしますと、この敵陣営に味方を装って侵入するという手法は、18世紀にキリスト教への見せかけの改宗を奨励したユダヤ教の一派であるフランキストを彷彿とさせます。いわば、‘隠れディープ・ステート’ということにもなるのですが、人類史、とりわけ近代以降の歴史を振り返りますと、目的地と到着地が逆転してしまうという奇妙な現象がしばしば起きています(メビウスの輪の如くであり、アメリカ独立後の国旗が、独立反対派の東インド会社のデザインを取り入れたものであったり、日本国でも尊皇攘夷が開国を結果したように・・・)。現代にありましても、‘隠れ’を特徴とする同思想の流れは、世界権力にあって脈々と受け継がれているように見えるのです。
トロイの木馬の故事が伝えるように、敵陣営に対して味方を偽装した仲間を送り込む手法は、フランキストに限ったことではないのかも知れません。しかしながら、新自由主義者であるマスク氏が描くアメリカの未来像が、トランプ次期大統領が訴え、アメリカ国民の多くが望むような中間層の復活であり、‘古き善き市民社会’であるとは思えないのです。政府効率化省のトップの椅子に座った時、果たしてマスク氏は、如何なる予算を削減しようとするのでしょうか(つづく)。