うちの村は漁村。メリダから来る人にとっては遊びに行くビーチだが、海はこの辺の人々の生活を支えている。港町プログレソには大きな埠頭があって古くはエネケンの旧大陸向け積み出し港、20世紀以降は輸出入やクルーズ船寄港も市の産業を支える大きな柱だが、漁師もいる。沖合漁業の船は、各村でなくプログレソから出る。
で、漁といえば水難事故。
プログレソ市の西端(村々は東京でいう都下みたいなもん)にある。
年間10名弱が亡くなっている。プレートが掲げられた壁の向こうはちょっとした広場。行ったときはまったくの無人で、めちゃくちゃ静かだった。
木が茂ってるところは海軍で、その向こうがプログレソ漁港。加工場なんかもある。手前は船揚場みたいに見えるけど、現在は使ってないかも。
続いて海上安全祈願。年に一回のうちの村の祭り。
中央広場に面した教会から、氏神の medalla milagrosa 様が出てきた。
マリア様みたいだけど違うらしい。ミサが始まる前に買った。腕にいっぱい吊るしたおじさんが席を回って売ってた。10ペソ(70円弱)。メキシコでは車のルームミラーによく十字架とか吊るす(視界悪い)んだが、そうやって使うんですかね? その像を神輿に乗せて一週間くらいの間、村の中心を回ったり決まった家の前まで行ったりする。この日は船渡御。
村の中心から昔の船溜りに向かう道で、言って見れば中央通り。おそらく、その通り沿いの一家が出したテーブルで、知り合いがちょっと座っておしゃべりしたり食べたり飲んだり。あまり多くないけどスナック菓子やジュースを売る手押し車もいる。
正面がメキシコ湾で、ビーチの手前に大きなビニールシートで日陰を作ってあって、椅子がズラリと並べられている。例によって、始まるとされる時間に行ったら、まだ人はまばらだったけど椅子でなくテキトーに道端の少し高くなってるところに座ったら、最終的にはよく見えて一番いい席であった。来る人は、並べてある椅子に着席していく。ほら、我々はカトリックじゃないんで、なんか詠唱したり立ったり座ったりも知らんし、正確には氏子とは呼べないんじゃないかと。
medalla milagrosa 様を乗せた宮神輿が入ってきた。
神父さんがミサをする舞台?の上へ。1時間くらいして、ミサが始まる。内容は、特に海上安全祈願とかじゃなくて、村を守るとか以外はフツーの礼拝(とはカトリックでは言わんか?)みたいな感じ。
ミサの真っ最中。このへんの緩さは、メキシコならでは。
舞台の向こうのビーチには、水上渡御を待つ人々。大きなグループは、自分たちが食べるテーブル以外に料理を売るスタンドを出している。ビールも。
結構多かったんだけど、スマホではこんなスカスカにしか撮れない。全部で20艘くらい。氏神様が乗る船が出た後でわかったんだが、漁師の一家ばかりじゃなくて乗合の船もあった。屋根はないし料理も出ないけど、屋形船みたいな。ずっと波打ち際(いい場所)に立って水上渡御が始まるのを待ってたら「乗るか?」みたいな目で見られたんだが、その用意(ほら、一応海に出るわけだから水分とか浮き輪とか)がなく、その前のミサの見学で疲れてもいた(暑い)んで、今年は残念ながら見送ることに。
神輿から下ろしてこの小舟に乗せて、100メートルくらい沖に泊まっていた小さい遊覧船(初めて見た)みたいな船まで行く。遠いんで、そこでまた何か宗教的なことをしたのかはわからない。来年の課題。
で、遊覧船と漁師の小舟が適当な距離をとってなんとなく(バラバラに、メキシコw)東の方へ向かって進み始める(このブログ、ビデオ載せられない)。隣村のあたりまで行って帰ってくるらしい。
何を見ても、佃の住吉様の祭りと重なる。圧倒的に多い神輿の写真以外にも行われているいろんな神事・行事。町の様子、つまり元佃はこうだとか新佃ではああだとか、他の地域から帰ってくる人々がいたり、お囃子(ここはバンドだけど)があったりも、同じ。宗教的な部分も同じ。何しろ、船渡御なんて珍しいものがあるのも、縁だなぁと思う。
人が何かを願うときにすることって、世界中共通してるのかも。