竣工のタイムリミット(引越)を、Lさんがどれだけ真面目に受け止めてくれているかは分からない。このくらいの建坪の家だと完成まで何週間…という話も、ときによって数字が変わる。そもそも彼らには「時間を守る」という観念が欠如しているとは、在墨日本人の共通イメージらしい。が、Lさん自身が「大家に家賃を払うの大嫌い」な人で、メキシコならではの「なんとかしてしまう」能力を駆使して「なんとかして」くれそうな気はする。
実は工期以外で、すでになんとかしてくれたことが結構ある。まずは建設許可申請。
メキシコでも同様の申請が必要で、当初はLさんやその仲間の言う「別にしなくても問題はない」という言葉を、冗談として受け流していた。が、Lさんが調べたら、申請が下りるのに30日かかるらしい。工期ギリギリっぽいが、Lさんは「申請さえ済ませれば、許可が下りる前に着工しても問題ないだろう」と言う。
ところで、買った土地は原野というか木をぼーぼーと生やしたまま10年以上放って置かれていて、面する道路も隣接地も似たような状態。どこからどこまでがうちの土地か、まったく分からない。で、市役所に「現地まで来て、杭打ってくれない?」と頼んだら、正確な測量図がないから新たに測量しなきゃいけないと言う。裏の家とのあいだには「まあ、このへんだから」みたいな、古い材木と有刺鉄線で作った境界があるが、それはあてにならないらしい。なんと、21号線まで戻って、「この土地はここまで、その先が何メートルなんでここまで、その先も何メートルで…」と順繰りに明らかにするという。
じゃあそいつをよろしくと頼んだら、測量に来られるのが60日先だった。かつ、2筆のままだと測量代も倍になる。で、同時に判明したのが、建設許可申請を出しておくには、建てる予定の図面各種の他に、おじさんにもらった登記の手書き図でなくてこの測量図のコピーが必要だということ。許可が下りるまで、合計90日。
ここでLさんは、市役所の担当部署で働く人に裏で会って、「建設許可が下りてないことに目を瞑っていてもらい、かつ第三者(他の現場の人間や市役所の他の人間)が文句を言っても大丈夫なように、いろいろ(1筆とか)ごまかした許可が下りるまでうちの味方をする」という話をつけてきた。で、彼にいくらか日当を払う…と。
味方になってる期間は、その市役所の人にとって「不正を見逃している」状態になる。なので、90日と言わずなるべく早く測量させて許可を下ろすよう頑張るはずだから、そんなに大金にはならないらしい。市役所の1日の賃金にちょっと載せたくらいの金額x日数で計算する…と。
立派な汚職である。連邦政府の汚職には目くじら立てるくせに、自分のメリットになることならまったく抵抗がない。まして「市役所の職員の給料は安いから、これはお互い人助けだ」とまで言う。このわかりやすさがメキシコの魅力です。
次に判明したのは、組合問題。ユカタン中だかメキシコ中だか知らないが、至るところに建設労働者組合がある。うちの土地があるチェレムも例に漏れず、プログレソあたりのいくつかの労組が入り混じっているという。Lさんはメリダの人間で、かつ「資材をネコババされないように地元のワーカーは使わず、チェレムまで距離のあるメリダから連れていく」方式で工事をするので、彼らの縄張りを犯すことになる。
そこで、Lさんはプログレソのいくつかの労組と会って、「うちの組合が請け負っている」というフリをしてもらうという話をつけてきた。当然、その組合にいくらか払う…と。こちらは、偽の請負契約書にお互いサインし、彼らにみかじめ料を1回払って終わり。Lさんとその愉快な仲間たちが工事をしている間、他の組合が文句を言っても大丈夫なように味方になってくれる。うるさい組合だと、他人の現場にいろいろいちゃもんつけてくる可能性があるんだそうです。
電気も、引くためには契約を交わす必要があるんだが、それには時間がかかるので、とりあえず引いてもらう話をつけてきた。とりあえず引くといっても、うちの土地の準備が整うまでは、道路にある一番近い電柱に新しい変圧器をつけてもらうところまで。
水道は、裏の家の住人がこっちを伺っていたので、すぐさま友達になって、「井戸を使わせてもらう代わりに、その家の電気代を全部払う」という話をつけた。その家は週末しか来ないので電気代なんて安いもんだし、こちらは井戸の水を汲み上げるのに使うポンプその他のために電気がすぐ使えるようになるというわけです。水道局の契約は、電気と同じで時間がかかるのでテキトーに進めるそうです。
Lさんとは家族共々少しずつ親しくなってきて、今では親戚含め一家揃って大の仲良しだが、我が家にとってもはなんとも都合のいい結果になった。土建屋だと聞いて、最初から工事は発注しようと思っていたが、こんなにいろいろ「どうにかしてしまう」とは。たまたまご近所さんだった人が、とてつもなく高いサバイバル能力(@メキシコ)の持ち主だったわけです。