La Ermita の記録

メキシコ隠遁生活の私的記録と報告
 @ユカタン半島。

ユカタンの家事情

2023年10月31日 | ユカタン諸々

なんとうちの買い手のブローカーが言っていた通り、ほぼ2ヶ月で土地信託の手続きが終わるそうで、最終契約(契約完了)の日付が決まった。それに伴って、買った土地に家を建て終えるまで住む借家を、引越先の村の友達に探してもらった。

内見(という雰囲気じゃないが)の日、その友達は来られなかったんだが、前もって「門があって(犬が逃げ出さなくて良い)、小さい家があって(家具さえ入れば十分)、マヤの家も建っている(!)」と聞いていた。マヤの家というのはこういうの。「裏庭に残してあるのかなぁ。住んでる間にマヤごっこができるね」なんて相棒とヘラヘラ喜んでいた。

が!行ってみたら門という鉄板を繋いだものを入ってすぐ目の前に、マヤの家。

 

土地は狭く門のすぐ中も家の両脇も、背の高い草がボーボー(家主はきれいにする=草むしりしておくと言っていた)、奥の丸太のドアを出るとすぐ目の前に一部屋とトイレだけの小屋。確かに「小さい家と家具置くスペース」だが、家具が入るかどうか以前にヤワな日本人には無理である。友達は普通のメキシコ人なんだが、さすがマヤの村に住んでると日本人の想像を超えてくるw

 土間で調理。盥で行水。(c) ユネスコ

家主がもう一軒あるというので行ってみたら、そちらはまぁまぁの広さの部屋にもう一つ小部屋、その奥がキッチンらしきスペース、続いてトイレ&シャワーらしきスペースだったので、その前に見た家のショックから抜け出せない我々はもういいやと手付けをした。後日簡単な契約書にお互いサインして、こちらの家もそれまでに草むしりをしておくと言う。

 こんなの。

ところが今の家まで車で帰ってくる途中、くだんの友達から電話がかかって来て「俺が話していた家賃より吹っかけてる。許せん。却下。別のを探しておく」と言う。外人だと思ってふざけんなと、プンプン怒っている。また別のを見にいくのは面倒くさいが(遠いし)、すごい親切でありがたいことなので任せると返事した。

昨日29日、見つかったので見に来いと言われて家を出たが、また途中で電話がかかって来た。「大家がまだ掃除(草むしり)が終わってないと内見をキャンセルしてきた。必要な空間があるか見るだけだから後でいいと言ったんだが、どうしても今日は都合が悪いと言い張っている」。来週末明けに引越の業者を予約してるんで、これまたバタバタする話だなと思ったがしょうがない。というわけで荷造りしたり造作の棚を外したり、あれこれ今の家のことをしながら連絡待ち。

ところで前からわかっていたことだが、日本の引越業者への信頼感はとてつもない。こちらでは、箱に詰めながらこれで大丈夫なのか?といちいち心配しなくてはならない。業者からの指示も適当。梱包材なども売ってはいるがめちゃくちゃ高い(から買わない。そもそも紙製品が高いし、プチプチなんかもない)。スーパーでダンボール箱をもらって来たが弱そうだし、我々素人の梱包で大丈夫なんだろうか…ちゃんと積んでくれるのか…などなど。

どんな感じかメキシコ人には共通認識があると思われるが、メリダから今の家に引っ越して来たときはLさんたちが手伝ってくれたので我々には分からない。そのときは近かったし物も増やしてなかったからピックアップ1台と我々の車でどうにかなった。そういえば犬もいなかったし猫も1匹だったし。とにかく困っててもしょうがないんでとりあえず詰めてますが。。。

ところで、カテゴリー5のハリケーンが直撃したアカプルコが壊滅状態になっている。今も復旧の目処は立ってない。

日本人(メキシコ在住も国内に住んでる人も両方)の反応を見てると、家の中まで酷いことに!と驚いている人が多い。が、海辺の家とかホテルってハリケーンにめちゃ弱いようにできているのである。

 プールとテラス。

 テラスに面した大ガラスの掃き出し窓。

これはうちの斜向かいのエアビーなんだが、だいたいこんな感じで(隣の米人おばさんのアコガレの家もw)、ハリケーンシャッターをつけていない限り、被災するのは必至。アカプルコの映像のように、水が入るだけでなく、すぐにガラスの開口部がやられて家の中を風が吹き荒れてすべてメチャクチャになる。

もともと防災意識は日本と比べてずいぶん低いんだが、海辺のリゾート地では平時の空間利用優先!ハリケーンが来たら来たでその時考える!って感じですかね。どのみちハリケーンシャッターをつけると言っても、海辺である上に金属の質が悪いんで、すぐ錆びていざというとき使い物にならないw。

まぁ、家なんて場所が変われば…なんだが、おそるべしメキシコ。中進国ヅラしてるところでここまで「これまでの自分たちの生活とかけ離れた世界」ってのは初めてです。まぁ日本だって台風が来るし被災するとこもあるし今回はカテゴリー5というとんでもないハリケーンだったが、とにかく大したことない天災でも被害が大きくなることが多い国。

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 村と村をつなぐ幹線道路の近く。(c) Al Chile

引越先の村では年に1回くらい、隣村への幹線道路から少し外れたジャングルで遺体が見つかる。遭難したり毒蛇に噛まれたり。「人が行かないとこに足を踏み入れない」を再認識せねばならない。遺跡っぽく石が積まれた壁とか珍しい植物とか目に入っても、近づいてはならない。興味を持っても登山道を外れてはならない。…と肝に命じたニュース。

 ピブのゴルディータ

ゴルディータってのはよくわかんないんだが、詰め物をして揚げたパン(トウモロコシ粉を使う)って感じでしょうか。ユカタンでは単にゴルディータといっても、正式にはゴルディータ・デ・ナタというパンケーキみたいなのを指すことが多いので、本場?のノルテのゴルディータというものを食べたことがない。

が、食べ物屋をしている友達が客にピブをゴルディータにしてくれと頼まれたそうで、ついでにいっぱい作ったらすぐに売り切れたとびっくりしていた。死者の日が近い(一連の行事はもう始まっている)んで、ピブの話題も溢れているが、こっちもこれにはびっくりした。(友達には悪いがピブのままの方が美味しそう…)


日蝕その他

2023年10月22日 | ユカタン諸々

えー、去る14日、金環日食がありました。

 ルート。

(c) 大阪市立科学館の方のブログより、名前失念。この赤い線上で金環が見えるということで、わたくしずいぶん前から悩んでおりました。つまり、引っ越し先の南部の村がばっちりそのエリアに入るのである。が、

  イベントスケジュール。

州政府やら関連団体やらによるイベントが目白押し。こうなると行きたくない。できれば混雑を横目に自宅でゆっくり観察できたら最高だったが、とにかく人混み嫌いなんで諦めた。

あと、どこかで「日蝕というのは95%以上太陽が隠れていないと、単なる曇りと変わらない」と読んで、金環ってことはそんなに暗くならなくて、まぁ日蝕メガネを使えばリングが見える…って程度かな?と。リングは、プロが撮った写真が後日出回るだろうし、今回はルート的にアメリカも通るのでいいカメラや携帯で写真を撮る人も多かろう。個人的に、日蝕の良さは暗くなるところだと思っているので、普通に観察した。

えーと、結論から言うと、なんか晴れてるのにハリケーン通過中か?という感じに暗くなって、なかなか楽しかった。

 葉っぱで反射する光が変。

このあともう少し暗くなった。例の木漏れ日が変な形とかそういうのはあった。95%の話の通り、曇り程度だったけど、なにしろ太陽には雲が一切かかってなかったので、すごく変な感じでよかった。北米大陸にはたいしたフィルタを使わずに撮れた人もたくさんいたようで、そういうのはみんな雲に隠れてた太陽です。うちは太陽に全然雲がかかってない状態で、このくらい。

さて、マヤの人たちにとって日蝕ってどうなんだろうと調べてみたら、意外とあまり有名な話はない。マヤといえば神話とか伝説とかの宝庫なんだが、特にめぼしいものは見つからない。考えてみれば、雨季到来で雨の神様チャアク(日本ではチャックと呼ぶらしい)の名前はよく聞くし、チチェン・イツァの「春分のとき蛇が現れる」とかで蛇の神様ククルカンの名前も知ってるが、太陽神って聞いたことがなかった。かすかに「マヤ文化では全てが対でどーのこーの…」という関係で、昼と夜とか太陽と月って聞いた記憶もあるが、肝心の内容をまったく思い出せないほど、存在感が薄い。農業してて太陽が重要じゃないなんてありえないだろと思うが、本当に聞かない。「太陽と月は愛し合っているが常に離れ離れで日蝕の時だけ…」というそれらしい話が見つかったが、なんとなく怪しい。おそらく、半分は本当に(あまり重要性の高くない)伝説だが半分は書き手の創作じゃなかろうか。

 鍋などを叩いて音を立てる。

この写真には「子供の頃聞いた、子供の頃させられた」などのコメントがついていて、あとどこかの村にカンカンと鐘みたいな音が鳴り響いている動画も見つけたので、これは本当だと思われる。音を立てる理由は、「太陽が月に食べられてしまわないように」だそうです。

夜になってから当の金環が見えるはずの村の友達に聞いたら、「あんまり気にしてなかった」そうで、やっぱり大して重要な天文イベントではなさそう。行かなくてよかったwww

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  バルチェの花

バルチェという聖なる酒の原料になる木の花で、酒はこの木の皮を煮出した汁に蜂蜜を入れて発酵して作る。まだよく知らないので、今後の課題。なんとも可愛い、スイートピーみたいな形をしている。

 チャヤ のエンパナーダ。

とうもろこしで作った生地にチャヤという葉っぱを入れて蒸したり揚げたりして作る。中身はゆで卵。

 かわいいドライブイン。

メリダからの自動車道を降りると、旧チェトゥマル街道沿いに並ぶ村々まで片側一車線の道が伸びている。こちらは引っ越し先の村に向かって降りるところにある、ドライブイン。とても珍しい。メリダとカンクンをつなぐ高速道路の途中、バヤドリッドというところにSAがあるが、他では見たことない。だいたい一軒ガソリンスタンドがあるだけか、しら〜っと道だけあるパターンが多い。

ここは、オシュクツカブという農産物送り出しの村へ続く道で、朝は逆にメリダに向けて野菜や果物を満載したトラックがたくさん寄るんだと思われる。トイレと売店とレストランがある。

 道を渡ったところには3軒の食べ物(タコス)屋。

ドライブインのレストランもこちらも、12時には店じまいする。従業員(ユカタンの民族服を着たおばさんたち)がたくさんいて、朝は結構繁盛するんだと思われる。

 マヤ鉄道の本社ビル。

来月開通予定なんだが、まだ建設中。

 夜は突貫工事。


不動産売買契約と鹿

2023年10月11日 | ユカタン諸々

えー、引っ越しの件、徐々に進んでおります。荷物運びじゃなくて、家の売却と土地の購入。今回済んだのは、買う方の仮契約です。

 メリダからの自動車道。

古くから続く村々をつなぐ街道から10キロくらい離れたところを連邦政府の、つまり国道になってる自動車道が走っている。それで近くまで行って、片側一車線の州道を通って村まで。

自動車道沿いには「鹿、注意」の道路標識が。メリダ外環から自動車道に乗って30分くらいの地域で、ここを通り抜けると標識は見なくなるんで、何か野生の鹿さんを喜ばせる理由があるんですかね? 今のうちの近くには全然いない。

 いるのはワニ。

ハリケーンで浸水したときの「街中にも出てきてるから注意!」というニュースより。

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以降、引っ越し先の村の話。

 ソペ。

しかも食べるけど今回は鹿肉じゃなくて牛の頭の肉。ソペというのはとうもろこしの粉の生地を形成して揚げたもので、固くて縁が少し上がっているので具材を乗せやすい。お好み焼きじゃなくてカナッペみたいなイメージです。箸を使う和食にはないな。

 ピブに入れるコル(コオル)という汁。

もうすぐ死者の日なんで、だんだんピブの話題も増えてきた。各村では大量に作るので、このコルの量も半端ないのであろう。

 道端のチャヤの木。

空き地の前なんで、まったく手入れされず雑草扱い。幹が横に伸びてるのは、おそらく石垣を直すのに邪魔でぐいっと曲げたんだと思う。 

さて、買ったのはこの空き地で、空き地とはいえ今はいろんな木がわんさか生えている。FBで見た売地を見にいったとき、見せてくれた2ヶ所はそれほど気に入らなかったんだが、何がどうとかいろいろ話してたら案内してくれた青年が最後に「実はひとつ好みに合いそうな土地があるにはあるんだが…」と言いだした。

青年の義姉が相続する土地で、義姉とその旦那である青年のお兄さんが、この空き地の隣に住んでいる。じゃあ見てみるか…ということで青年がすぐお兄さんに連絡し、見にいったら気に入った。

義姉の兄弟のうち2人がアメリカに住んでることもあって相続の手続きをしていなくて、故人名義のままになっている。が、こんな田舎の土地をどうしろと?というわけで兄弟4人は売って現金にして分けたいと思っている。が、面倒なんで今まで放ってあった…と。日本では変更登記に関する法律が変わってあれこれ厳しくなってきてるそうですが、まぁ、よくある話でしょうね。

値段も妥当だし買うよ、じゃあ、この機会にと、動き出した。アメリカにいる兄弟から相続手続きの委任状を取るだの、じゃなくて売却手続きの委任状を取るだのあれこれあちらサイドで進め方を検討した(弁護士が)。その結果、まずアメリカにいる2人の兄弟に相続放棄(表面上)してもらい、それが済んだら我々はユカタンに住む残りの姉妹2人(被相続人になる人)に手付を払って例の「売買の約束」なる仮契約をする。その仮契約では、家裁から「他に相続人はいない」という証明を得るまでの間、待ってる我々には土地の使用権をつけてくれるという。要は、本来とっとと終わる売買契約が相続がらみで時間がかかるので、その間は自由に使っていいよ、ってことですね。

こうして青年の義妹とそのお姉さんとの売買仮契約と相成った。その村出身だが今はメリダに住むという弁護士(青年の幼馴染)は、これまで会ったどの弁護士より仕事が早かった。今の家の最終契約と引渡しがいつになるか分からないが(相手のブローカーは来月頭だと言っている)、とりあえず村で借家を探して引っ越して、雨季が終わると同時に家の建設開始。まずは木をどうにかせんと。

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 マヤ電車のメリダ駅。

ホームと駐車場脇の施設(あるいは車両庫)の躯体まで出来上がってる様子。大統領は12月の開通は変わらないと言っている。各地でこのマヤ鉄道関連施設、例えば新しい空港とかも建設中だが、まだ完成してないものもたくさん。

ちなみに村の人たちは、大統領がなんと言おうと自分たちに恩恵はないと分かっている。近くを通らないからではなくて、そういうプロジェクトは結局大資本が儲かるだけだと分かってるため。

 1700年頃のユカタン地図。

 実際のユカタン半島。

はっきり形が分かって経路やどのくらい時間がかかるかもわかるようになった現代でも、ユカタンに住む人々の距離感覚は1700年当時と変わらない。ベリーズ国教は近くて、カンクンは遠いのである。