Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

佳織とフランティック

2012-04-18 00:10:00 | コラム
「キチガイには、いわれたくない」と、在校生にも同級生にも卒業生にも突っ込まれそうだが、
自分の卒業した高校が年々レベルが低くなっている、、、という(噂ではなく)事実を耳にすると、
どうした群馬のガキたちよ、馬鹿になるのだったら徹底的に馬鹿になってほしいし、そうなりたくないのであればレベルを上げんか! と思う。

自分が在学していたころは、偏差値でいうと確か50真ん中から後半くらいだった。
現在は、40真ん中をうろうろしているのだとか。
みっつ上のねーちゃんも同校出身で、そのときは60前後・・・ってことは、あぁそうか、自分のときから下り坂だったのね、そりゃあ仕方ないわな、、、などと思い直したり。

自分の場合、「ちゃんとした」志望理由がなかったような気がする。
ただ単に、優秀なねーちゃんと比較されるのがイヤだからと、同じところを狙った。

しかし無理して入ったはいいが、共学なのに男女別々のクラスだし、いじめも経験するしでろくなことがなかった。
青春なんて灰だらけ、基本的に学園生活などクソなのだ―という(前日登場の)スティーブン・キングの思想に「ばっちり」「かっちり」「きっちり」「ずばっと」はまった時期であり、そんなときにトラビスやキャリーに出会ったわけだ。
だから同じように考える現役ティーンエイジャーのために、自分はひたすら76年の名画たち―『タクシードライバー』と『キャリー』―を強く薦めているのだった。


自分の高校時代に話を戻す。
みっつ離れたねーちゃんは、ある事情により、自分が1年生の2学期を迎えるころ、職員室でおこなわれた「たったひとりの卒業式」の主人公になった。

米国のテキサス州(サンアントニオ)に留学していたから、卒業が遅れたのである。

畑に囲まれたド田舎で留学というのは、かなり目立つ。
教師も鼻高々で、とくに生物の教師などは授業中、
「おい牧野、お前のねーちゃんに帰国した印象を聞いたら、なんということばが返ってきたと思う? “日本は小さい”だってさ。わはは!」
などと話しかけてきて、得意の愛想笑いを返しておいたが、内心は「ねーちゃん、ねーちゃんてうるさいんだよ、放っておいてくれ!」と思ったものだった。
比較されないよう同じ高校に進んだのに、かえってドツボ、、、みたいな。

といっても、姉弟で仲が悪いとかギスギスした関係にあったとか、そういうのではない。
親も放任主義であったが、周りがアアダコウダいってきた―というだけの話。


そんなねーちゃんは、もちろん英語が得意である。

自分?

母国語だけで精一杯、というのが本音。
ただ映画と格闘技に精通していると自称しているわけで、その業界だけで通じる単語にかぎっては詳しい、、、はず。

つまり英語と(柔術用語の多い)ポルトガル語を、少々。
ついでにいえば、指定を喰らう映画をこよなく愛していることから、英語のスラングを多少。


大好きな映画館のひとつ、渋谷シネマライズでフランス映画の『カノン』(98)が公開された初日―監督のギャスパー・ノエが舞台挨拶にきてくれた。

期待に違わぬ・・・いいや、期待以上の出来で、自分の生涯のベストテンにランクインする「大」傑作である。
その感激をギャスパーに伝えたくて「出待ち」していると、彼は「取り巻きゼロ」の状態で劇場から出てきてくれた。

握手を求めながら口から出たことばは、「エクセレント! マスターピース!!」という、ふたつの英単語だった。

だから、フランスのひとだって!!

しかしギャスパーは笑顔で「さんきゅ、さんきゅ♪」と返してくれたのである。

ラストシーンで号泣し、このことばで再び落涙した自分・・・

あれから10年以上が経過したというのに、自分は未だフランス語を勉強していない。あのとき、ほんのちょっとだけ「覚えようかな」と思ったはずなのに。

しかし今春の決意は、前回よりは固い。
だってフランス語の教育番組に、自分のミューズのひとり「かおりん」村治佳織が登場するのだから。

ごめん、ギャスパー。
しかしあなたなら、スキンヘッドのクレイジーな映画監督よりも、女人ギタリストに魅かれてしまう映画小僧の気持ちを理解してくれることだろう。

かおりんで、フランティック―フランスにちなんだことばのように思えるが、
『フランティック』(FRANTIC)とは88年に公開された米映画であり、「半狂乱」という意味。

そりゃあ半狂乱にもなるよ、佳織とフランス語で愛を交わせたら、、、ってなもんである?


というわけで。
崩しに崩した日本語を極めようとする過程にあるのに、フランス語を学び始めちゃっている自分なのだった。


※誤解を受け易い監督だが、ギャスパー・ノエは表現について真摯に哲学するひとである。
このオープニング、自分の考える「最、先、端。」の映像だと思う。
素晴らしい、とくに後半が。
たぶん、キューブリックの生まれ変わりだ。





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明日のコラムは・・・

『ユーレイよりパンツが見たい』


コメント (2)
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