Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

線引きが分からない

2012-04-06 00:15:00 | コラム
ちょっと、、、どころではない、「かなり」特殊な成人誌でコラムなどを書かせてもらっている自分、
よく「その雑誌を読んでみたい」と友人にいわれたりもするのだが、
町の書店に置いてあるわけもなく、「専門店かネットでよろしく」という答えかたしか出来ないのが、ちょっと心苦しいところではある。

わざわざ専門店まで出向くほど読みたいわけじゃない、
また、独り暮らしならともかく、怪しい雑誌をネット注文で購入したりすると、その先、ずぅーーーっとダイレクトメールが送られてきたりするから困るわけだ。

まぁ自分が一般誌に進出すればいいだけの話なのだが、自分のキチガイじみた文章はお呼びではない? らしい。
そんなこんなで、相変わらずシコシコと「どうかしている」文章を書いているわけだが、購読している朝日新聞の広告欄を眺め、どうなんかな・・・と思うことが、よくある。

いわゆる精力剤の、露骨な広告である。
トップ画像(=『凄十』)とか、エロ本の裏表紙あたりが相応しいのに、堂々と一般紙に載っている。

いや批判ではない、羨ましいのだ。
そっち載せて、俺っちがコラムを書く成人誌の広告は載せられないっての? みたいな。
その線引きは、どこにあるん? ということである。

そんなもん、少し調べれば(おおよその)線引きくらいは分かる。
しかし頭では理解出来ても、感情として解せない。

似たような問題は、いくつかある。

(1)ボクシングの結果は大きく載るのに、立ち技や総合MMAが載らないのはなんで?

かつての一般紙は、プロレスの結果も載せていたことは有名な話。
しかし力道山VS木村雅彦における流血の凄まじさから、自主規制するようになったのが「きっかけ」と、「されている」。

(2)新聞のテーマからは逸れるが、映画の審査基準も相変わらず曖昧。
作品AがR指定なのに、同じような描写がある作品BはPG-12、、、なんで? とか。

いまに始まったことではないが、
園子温のように成人指定を喰らうことに誇りを感じる特殊な映画監督はともかく、基本的には「間口が狭くなる」から、多くの映画監督は指定をクリア出来るよう、自発的に表現を柔らかくしたりするわけだ。


どうしたって表現者の肩を持ちたくはなるが、
なにをやってもいいというわけにもいかないから、ある程度の審査は必要だろう。

しかし新聞広告にしろ映画の審査にしろ、「あっちはOKでこっちはNG」の判断・線引きが悉く「??」なものだから、ひとり「解せねぇ」と呟く回数が多くなるのであった。

女性誌の「高嶋政伸VS美元の泥沼離婚見出し」に比べたら、自分の「ザーメンで汚れていく美女の顔を賛美するコラムの見出し」とか、柔らかなもの? だと思うけれどなぁ。
(尤もエロ本の場合、広告に載せるつもりなんて「元々」ないわけだが)


ただいっぽうで、
面白くてひとにも薦めたい映画『キック・アス』(2010)は、11歳の少女が大人を次々と殺し「fuck!」を連発する作品である、これに15歳以上の指定をつけた審査機関の苦悩だって理解出来ないわけではない。

創るのもひと、審査するほうもひとなわけで、この関係性が「なあなあ」になってしまうと、「薄いぼかし」でも審査に通したビデ倫のような問題が発生してしまう。

適度な緊張感は、やっぱり必要ということなのだろうか。


それにしても『凄十』の広告展開には感心する。

最近はグラビアアイドルの尾崎ナナを全面に押し出し、様々なキャンペーンを仕掛けている。

かつてwinkのさっちんが同じようなモデルを務めたことがあったが、
本人の性的魅力が「あんまり・・・」だったので失敗、こんどのナナは「ちょうどいい感じ」だから、まぁ成功しているのだろう。


じゃあ、お前は試してみたのかって?

精力そのものは、無問題。
問題は、その早さなわけで・・・・・。






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明日のコラムは・・・

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