66年7月15日生まれ、48歳。
宮崎出身。
公式サイト
(若々しい見た目なので)7つ年上にも関わらず、永瀬正敏(ながせ・まさとし)さんのことを「永瀬くん」という自分―しかし「永瀬くん」というとみんな、長瀬智也くんを想起してしまうみたいで、会話が噛み合わないこともしばしばです。
それにしても。
俳優はみんな実年齢より見た目が若いものですが、ほどがある!! と突っ込みたくなるくらいに歳を取らないひとですよね。
近年は写真家としても精力的に活動していますが、個人的には、インディーズ映画への協力を惜しまないその姿勢を「もっと、もっと」評価すべきなのでは―? と思いますね。
浅野忠信や大森南朋の系譜。
その出発点は、このひとだった・・・そう思うからです。
※凝りまくった演出は映画ファンを喜ばせたけれど、視聴率的には「・・・」だったという
<経歴>
元妻は、キョンキョン小泉今日子。
映画俳優デビュー作は、83年の『ションベン・ライダー』。
相米慎二による「よく分からん」演出が散見される不思議な映画ですが、永瀬くんだけでなく、河合美智子や坂上忍(!)など若手によるフレッシュな演技が最大の見どころなので、ワケワカラン物語でも気になりません。
あだち充の人気漫画を「なぜか」井筒和幸が演出しちゃった『みゆき』(83)、『メロドラマ』(88)。
89年―米ニューヨーク・インディーズの雄、ジム・ジャームッシュによる軽快なオムニバス『ミステリー・トレイン』に出演、工藤夕貴と日本人カップルを演じる。
ジャームッシュ映画にしてはスマートとはいえず・・・しかし『ファー・フロム・ヨコハマ』篇は、べつにふたりの日本人俳優が出ているから、、、という理由ではなく、ふつうに面白かったです。
永瀬くんの名前が一般層にまで広まったのは、おそらく91年の『息子』から。
聾唖の和久井映見に惚れ、彼女と一緒になることを父親(三國連太郎)に納得させる若者を熱演していました。
そんな熱い男が翌年に主演したのが『死んでもいい』(92)で、人妻・大竹しのぶの魔性に溺れる若者を好演、「あんたの旦那、俺が殺そうか?」という台詞のトーンがじつに自然で、あぁこのアンちゃん演技が巧いんだなぁ!! と感心したことを覚えています。
※『死んでもいい』の、雰囲気抜群なオープニング
あがた森魚が監督した『オートバイ少女』(94)、
林海象が手がける「私立探偵 濱マイク」のシリーズで『我が人生最悪の時』(94)、『遥かな時代の階段を』(95)、『罠』(96)、
『BeRliN』(95)、外国映画『コールド・フィーバー』(95)、
米インディーズの監督と組んだ『フラート』(95)、
『誘拐』(97)、まだ頭角を現す前の中島哲也が監督した『Beautiful Sunday』(98)、
復活? した石井聰亙による―でも明らかな失敗作だった『五条霊戦記』(2000)、
おそらく、キャリアのなかでいちばんの駄作だと思われる『PARTY7』(2000)、
『けものがれ、俺らの猿と』(2001)、行定勲の佳作『贅沢な骨』(2001)、鈴木清順の『ピストルオペラ』(2001)、
園子温が注目されるきっかけとなった『自殺サークル』(2001)、さらには熊井啓の『海は見ていた』(2002)などなど、新進気鋭から超のつくベテランまで、とにかく野心的な映画には二つ返事で出演、なかなかに壮観なキャリアを築いていきます。
イマヘイ今村昌平の息子、天願大介による野心作『AIKI』(2002)、
『偶然にも最悪な少年』(2003)、『隠し剣 鬼の爪』(2004)、『姑獲鳥の夏』(2005)、『紙屋悦子の青春』(2006)、
『ありがとう』(2006)、『さくらん』(2007)、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007)、
美術監督の木村威夫が初めてメガホンを持った『夢のまにまに』(2008)、
さらに2011年の『毎日かあさん』では元妻キョンキョンと共演、夫婦を演じていました。
『スマグラー おまえの未来を運べ』(2011)、『彌勒 MIROKU』(2013)、
去年の個人的なベストワン映画『戦争と一人の女』(2013)、
そして最新作が、『まほろ駅前狂騒曲』(2014)。
本人のやる気に反して「あらら…」な展開が待っている作品も多々ありますが、インディーズの監督たちにとって、これほど頼りになる中堅俳優も居ないでしょう。
格好いいなぁ、チクショウ笑
次回のにっぽん男優列伝は、仲代達矢さんから。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
…………………………………………
明日のコラムは・・・
『スピーチ・キング、クィーンを決めよう』
宮崎出身。
公式サイト
(若々しい見た目なので)7つ年上にも関わらず、永瀬正敏(ながせ・まさとし)さんのことを「永瀬くん」という自分―しかし「永瀬くん」というとみんな、長瀬智也くんを想起してしまうみたいで、会話が噛み合わないこともしばしばです。
それにしても。
俳優はみんな実年齢より見た目が若いものですが、ほどがある!! と突っ込みたくなるくらいに歳を取らないひとですよね。
近年は写真家としても精力的に活動していますが、個人的には、インディーズ映画への協力を惜しまないその姿勢を「もっと、もっと」評価すべきなのでは―? と思いますね。
浅野忠信や大森南朋の系譜。
その出発点は、このひとだった・・・そう思うからです。
※凝りまくった演出は映画ファンを喜ばせたけれど、視聴率的には「・・・」だったという
<経歴>
元妻は、キョンキョン小泉今日子。
映画俳優デビュー作は、83年の『ションベン・ライダー』。
相米慎二による「よく分からん」演出が散見される不思議な映画ですが、永瀬くんだけでなく、河合美智子や坂上忍(!)など若手によるフレッシュな演技が最大の見どころなので、ワケワカラン物語でも気になりません。
あだち充の人気漫画を「なぜか」井筒和幸が演出しちゃった『みゆき』(83)、『メロドラマ』(88)。
89年―米ニューヨーク・インディーズの雄、ジム・ジャームッシュによる軽快なオムニバス『ミステリー・トレイン』に出演、工藤夕貴と日本人カップルを演じる。
ジャームッシュ映画にしてはスマートとはいえず・・・しかし『ファー・フロム・ヨコハマ』篇は、べつにふたりの日本人俳優が出ているから、、、という理由ではなく、ふつうに面白かったです。
永瀬くんの名前が一般層にまで広まったのは、おそらく91年の『息子』から。
聾唖の和久井映見に惚れ、彼女と一緒になることを父親(三國連太郎)に納得させる若者を熱演していました。
そんな熱い男が翌年に主演したのが『死んでもいい』(92)で、人妻・大竹しのぶの魔性に溺れる若者を好演、「あんたの旦那、俺が殺そうか?」という台詞のトーンがじつに自然で、あぁこのアンちゃん演技が巧いんだなぁ!! と感心したことを覚えています。
※『死んでもいい』の、雰囲気抜群なオープニング
あがた森魚が監督した『オートバイ少女』(94)、
林海象が手がける「私立探偵 濱マイク」のシリーズで『我が人生最悪の時』(94)、『遥かな時代の階段を』(95)、『罠』(96)、
『BeRliN』(95)、外国映画『コールド・フィーバー』(95)、
米インディーズの監督と組んだ『フラート』(95)、
『誘拐』(97)、まだ頭角を現す前の中島哲也が監督した『Beautiful Sunday』(98)、
復活? した石井聰亙による―でも明らかな失敗作だった『五条霊戦記』(2000)、
おそらく、キャリアのなかでいちばんの駄作だと思われる『PARTY7』(2000)、
『けものがれ、俺らの猿と』(2001)、行定勲の佳作『贅沢な骨』(2001)、鈴木清順の『ピストルオペラ』(2001)、
園子温が注目されるきっかけとなった『自殺サークル』(2001)、さらには熊井啓の『海は見ていた』(2002)などなど、新進気鋭から超のつくベテランまで、とにかく野心的な映画には二つ返事で出演、なかなかに壮観なキャリアを築いていきます。
イマヘイ今村昌平の息子、天願大介による野心作『AIKI』(2002)、
『偶然にも最悪な少年』(2003)、『隠し剣 鬼の爪』(2004)、『姑獲鳥の夏』(2005)、『紙屋悦子の青春』(2006)、
『ありがとう』(2006)、『さくらん』(2007)、『腑抜けども、悲しみの愛を見せろ』(2007)、
美術監督の木村威夫が初めてメガホンを持った『夢のまにまに』(2008)、
さらに2011年の『毎日かあさん』では元妻キョンキョンと共演、夫婦を演じていました。
『スマグラー おまえの未来を運べ』(2011)、『彌勒 MIROKU』(2013)、
去年の個人的なベストワン映画『戦争と一人の女』(2013)、
そして最新作が、『まほろ駅前狂騒曲』(2014)。
本人のやる気に反して「あらら…」な展開が待っている作品も多々ありますが、インディーズの監督たちにとって、これほど頼りになる中堅俳優も居ないでしょう。
格好いいなぁ、チクショウ笑
次回のにっぽん男優列伝は、仲代達矢さんから。
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『スピーチ・キング、クィーンを決めよう』