朴訥(ぼくとつ)
かざりけがなく話し下手な・こと(さま)。
―『大辞林 第三版』より
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たとえば健さんのような俳優が、橋田壽賀子が脚本を担当したドラマや映画に出ることがあるだろうか。
いや、出ちゃいけないだろう。
健さんに饒舌は似合わない。
似合わないというか、多くのことばを必要としない俳優だった―といったほうが適切かもしれない。
だから同じ理由で、スコセッシの映画に出ることは許され? なかった。
日系のギャングを雰囲気たっぷりに演じてくれたろうが、たどたどしい英語でファック・ユーを連発するキャラクターは、健さんが演じてはいけないのである。
ジャー・ペシのように喋るところ、想像出来る?
ムリでしょう?
だから健さんは、日米合作の映画にリドリー・スコット監督作を選んだ。
※しかし、これでも台詞が多い
そういう意味では、一部の映画監督だけが「うまいこと扱える」俳優であり、万能型というわけではなかった。
ゆえに「不器用ですから」―これはCMでの台詞だが、健さん自身のことばとしては「ほとんどの役が、前科者。犯罪者なんです」というのがある。
たしかにそうだ。
盟友の石井輝男と組んだ代表作『網走番外地』のシリーズ(65~)はもちろん、
日本の善意・山田洋次が演出したとしても、健さんの役はムショあがり(=77年の『幸福の黄色いハンカチ』)になっちまう。
個人的に最も好きな主演作は爆弾犯を演じた『新幹線大爆破』(75)であるし、極端な話をすれば、犯罪に関わらない健さんは「らしくない」「物足りない」。
そんなわけだから、『鉄道員』(99)は乗れなかった。
あれだけヒットした『南極物語』(83)でさえ、中学生の自分には退屈だった。
血は流れないのか!? 日本刀や銃は登場しないのか!? って。
だったらまだ、出てきただけで笑える実写版『ゴルゴ13』(73)のほうが好きだ。
『新幹線大爆破』
『飢餓海峡』(65)
『昭和残侠伝』(65)
『網走番外地』
『ブラック・レイン』(89)
以上が、個人的な健さん出演映画のベスト5である。
本来ならここに、黒澤の『乱』(85)も入るはずだった。
黒澤は健さんをイメージして「鉄修理」(くろがねしゅり)のキャラクター像を創り上げていった。
しかし健さんは盟友・降旗康男による『居酒屋兆治』(83)の撮影を優先、黒澤の誘いを断った。
直々に、降旗に頭を下げる―黒澤がそうまでいったオファーなのに、健さんも出たかったのに、それを蹴っている。
こういうところがたぶん、健さんが慕われ尊敬される理由なのだろうなと思う。
要するに「義」を重んじる、朴訥なおじさん俳優であったと。
結局、「鉄修理」は井川比佐志が演じた。
関係ないが井川比佐志がいつも「困ったような表情で演技している」のは、このことが原因なのではないか。(もちろん冗談だ)
映画のキャリアは200本を超える。
近年の「間隔のあきかた」を思うと、若いころどれだけ出ずっぱりだったのかという話になる。
自分のようなキッタネー男どもは常に暴力的な展開を期待したが、健さん自身は、毎日のように繰り返される「マンネリのアクション撮影」に嫌気が差していたという。
自分の演技に納得がいかぬまま撮影が終わり、それが公開される。
けれども観客たちは健さんが抱くモヤモヤなどは想像さえ出来ず、ただただスクリーンで展開されるアクションに夢中になった。
彼らが望むなら―シリーズが完結するまで、そんな思いで出演を続けていたのかもしれない。
自分は、吉永小百合もそうなのだが、「健さんの、よきファン」ではなかった。
東映よりも東宝の映画を積極的に観た―というのも、やはり黒澤の影響下にあるからだろう。
それでもこのひとが、スターのなかでも特別な位置に居たことだけは分かる。
朴訥であることが許された・・・じゃない、選ばれて朴訥となった俳優―であることが。
だからもう、こういうタイプのスターは現れないんじゃないかと思う。
俳優・高倉健、11月10日死去。
享年83歳、合掌。
…………………………………………
本館『「はったり」で、いこうぜ!!』
前ブログのコラムを完全保存『macky’s hole』
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明日のコラムは・・・
『にっぽん男優列伝(254)永瀬正敏』
かざりけがなく話し下手な・こと(さま)。
―『大辞林 第三版』より
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たとえば健さんのような俳優が、橋田壽賀子が脚本を担当したドラマや映画に出ることがあるだろうか。
いや、出ちゃいけないだろう。
健さんに饒舌は似合わない。
似合わないというか、多くのことばを必要としない俳優だった―といったほうが適切かもしれない。
だから同じ理由で、スコセッシの映画に出ることは許され? なかった。
日系のギャングを雰囲気たっぷりに演じてくれたろうが、たどたどしい英語でファック・ユーを連発するキャラクターは、健さんが演じてはいけないのである。
ジャー・ペシのように喋るところ、想像出来る?
ムリでしょう?
だから健さんは、日米合作の映画にリドリー・スコット監督作を選んだ。
※しかし、これでも台詞が多い
そういう意味では、一部の映画監督だけが「うまいこと扱える」俳優であり、万能型というわけではなかった。
ゆえに「不器用ですから」―これはCMでの台詞だが、健さん自身のことばとしては「ほとんどの役が、前科者。犯罪者なんです」というのがある。
たしかにそうだ。
盟友の石井輝男と組んだ代表作『網走番外地』のシリーズ(65~)はもちろん、
日本の善意・山田洋次が演出したとしても、健さんの役はムショあがり(=77年の『幸福の黄色いハンカチ』)になっちまう。
個人的に最も好きな主演作は爆弾犯を演じた『新幹線大爆破』(75)であるし、極端な話をすれば、犯罪に関わらない健さんは「らしくない」「物足りない」。
そんなわけだから、『鉄道員』(99)は乗れなかった。
あれだけヒットした『南極物語』(83)でさえ、中学生の自分には退屈だった。
血は流れないのか!? 日本刀や銃は登場しないのか!? って。
だったらまだ、出てきただけで笑える実写版『ゴルゴ13』(73)のほうが好きだ。
『新幹線大爆破』
『飢餓海峡』(65)
『昭和残侠伝』(65)
『網走番外地』
『ブラック・レイン』(89)
以上が、個人的な健さん出演映画のベスト5である。
本来ならここに、黒澤の『乱』(85)も入るはずだった。
黒澤は健さんをイメージして「鉄修理」(くろがねしゅり)のキャラクター像を創り上げていった。
しかし健さんは盟友・降旗康男による『居酒屋兆治』(83)の撮影を優先、黒澤の誘いを断った。
直々に、降旗に頭を下げる―黒澤がそうまでいったオファーなのに、健さんも出たかったのに、それを蹴っている。
こういうところがたぶん、健さんが慕われ尊敬される理由なのだろうなと思う。
要するに「義」を重んじる、朴訥なおじさん俳優であったと。
結局、「鉄修理」は井川比佐志が演じた。
関係ないが井川比佐志がいつも「困ったような表情で演技している」のは、このことが原因なのではないか。(もちろん冗談だ)
映画のキャリアは200本を超える。
近年の「間隔のあきかた」を思うと、若いころどれだけ出ずっぱりだったのかという話になる。
自分のようなキッタネー男どもは常に暴力的な展開を期待したが、健さん自身は、毎日のように繰り返される「マンネリのアクション撮影」に嫌気が差していたという。
自分の演技に納得がいかぬまま撮影が終わり、それが公開される。
けれども観客たちは健さんが抱くモヤモヤなどは想像さえ出来ず、ただただスクリーンで展開されるアクションに夢中になった。
彼らが望むなら―シリーズが完結するまで、そんな思いで出演を続けていたのかもしれない。
自分は、吉永小百合もそうなのだが、「健さんの、よきファン」ではなかった。
東映よりも東宝の映画を積極的に観た―というのも、やはり黒澤の影響下にあるからだろう。
それでもこのひとが、スターのなかでも特別な位置に居たことだけは分かる。
朴訥であることが許された・・・じゃない、選ばれて朴訥となった俳優―であることが。
だからもう、こういうタイプのスターは現れないんじゃないかと思う。
俳優・高倉健、11月10日死去。
享年83歳、合掌。
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