Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

錯、覚。

2013-08-21 00:15:00 | コラム
なんの番組だったか・・・バラエティで有吉弘行が、先輩のダチョウ倶楽部・上島竜兵とのエピソードとして、

スナックにボトルキープされていた上島の焼酎を呑み切り

代わりに「ただの水」を入れておいた

本人は気づかずに、それを水割りにして呑む

単なる「冷たい水」なのに、上島は数時間でベロンベロンになった

・・・という話をしていて、爆笑しつつも、あり得る話だなぁと。


というのも最近、アルコール飲料に近づけたノンアルコール飲料を呑んだのだが、
あれれ、これはそーとーアルコール飲料に近いじゃないかと驚いたから。

(自動車を運転しないので)ノンアルコール飲料で我慢をする―というシチュエーションは訪れず、
ゆえに、これだけ話題になっていたノンアルコール飲料を試す機会がなかったのだ。

思い出すのは、数十年前に発売された「ビール味のノンアルコール飲料」バービカン。

※CMはフミヤの印象が強いけれど、永ちゃんでいってみようか。
しかし、えれー小さい缶だったのね。缶コーヒーのサイズじゃん。





これが、そーとーまずかった。

悪い意味でインパクト大だったため、時代が変わってもその程度だろうと思っていた。

いやいやしかし。

映画の3D技術と同じようなものなのかもしれない、
進化というものは凄まじいが、「ホンモノ」に近づけるためには苦労も厭わない野心家が多い、、、ということだろうか、
改良に改良を重ね、ついに「ほぼビール」を完成させたと。

清涼感、のどごし、ともに完璧。

一杯目ならば騙されないが、四~五杯目にこれを出されたとしたら、
あー美味い美味いといって、ゴキゲンになっている可能性が「かなり」高い。

銘柄を当ててみせる「効き煙草」は得意だが、
酔った状態で「効きビール」出来るほど、質のいい舌や喉? の持ち主ではないものでね。

だから少なくとも、自分は騙されると思う。
ベロンベロンになった上島の話を「分かる分かる」とはいわないが、「あり得る」んじゃないかと。


実際はちがうのに、「それ」に近づけること―モノスゴ広義の意味で捉えれば、これは仮想現実といえるものなのではないか。

バーチャルは批判されることも多いけれど、酔った気分にさせてくれるバーチャルは悪くない。

そんなバーチャルを体現するのが、俳優という職業だろう。

アルコールの話でつなげれば、酔っていないのに酔っているように見せる。
志村けんの泥酔演技なんて殿堂入り? だと思うが、映画の世界でいえばチャンピオンは『MONDAY』(2000…トップ画像)の堤真一で決まり。

それ以前よりインディーズで活躍していたひとだが、自分はこの映画の泥酔演技で俳優と認識した。

志村喬や三船敏郎の泥酔演技も抜群だが、これに関しては堤のほうが上。

この映画のキャッチコピーは、「飲んだら、無敵。」。

あのグラスに入っていたものは、単なる水か、あるいは、アルコール飲料に近づけたノンアルコール飲料だったのか。

ほんとうにアルコールだった・・・というオチもあり得るが、いやいや、あれが堤の実力なのだと思う。


この映画以降、堤は売れっ子として羽ばたいていくことになる。

映画関係者の多くが、極まった仮想現実演技に感心し、沢山のオファーを出したにちがいない。

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初体験 リッジモント・ハイ(50)

2013-08-20 00:15:00 | コラム
創作は模倣から始まる―まったくそのとおりで、、、というより、「撮りたい!」という思いばかりがふくらみ「なにを」「どう」撮りたいかなんて考えていなかったりする。

だから映画小僧は、自分がこよなく愛する作品、映画史的に重要とされる作品などを「とりあえず」真似てみることにする。

ヒッチコックが編み出した、「めまい」ショットとか。

「映画監督になったら、試してみたいもの」のベストワンかもしれない―と思われるほど、多くの新人監督が試みる技術で、三谷幸喜でさえ(敢えていうが)恥ずかしげもなく試していたものねぇ。

『桐島、部活やめるってよ』の映画部・前田くんは、ホラーの巨匠ジョージ・A・ロメロが好きで、
だからゾンビ映画を撮っている。

顧問は「自分の身の回りのことを」といってホラーの制作を否定するが、これじゃあ伸びる見込みはない。
前田くんのいうとおり「撮りたいものを、撮るべき」で、たとえそこにオリジナリティはなくとも、
過去の名作を真似てみることによって、先人と自分との能力の差がはっきりと分かり、「じゃあ、どうすればいいのか」を考え、それがやがてオリジナリティへとつながっていくんじゃないか、、、なんて思う。

「めまい」ショットの次に人気がありそうなものは、旧ソ連による大作『戦艦ポチョムキン』(25)のハイライト、「オデッサの階段」シーンだろうか。






映画史を知らないで観たとしても「なんか、すごいシーン」と感じられると思うが、
監督エイゼンシュタインは「モンタージュ理論」を確立した偉大なひとで、

簡単にいえば「余分なものを削る」とされていた編集を、「必要なものを組み立てる」と解釈した。

軍人たち、逃げ惑う人々、踏みつけにされる子ども、乳母車・・・別々に撮影されたショットを組み合わせることによって、あるひとつのシーンを創りあげる―いまでは当然のこととされる「話法」を「発見」したのが、エイゼンシュタインだったというわけ。

そうか、削るのではなく組み立てるのか―と、映画小僧は驚いた。
じゃあ、真似してみようと。

この「オデッサの階段」シーンの模倣こそ、自分が初めて自主制作で撮った映画である。


クラスメイトに、性格は悪いが家が金持ちというヤツが居て、ソイツの家には8mmカメラや映写機など、いろんなものが揃っていた。
仕方なく(!)おべっかを使い、映画制作チームの仲間に引き入れる。

これで制作費は大幅にカット出来た。
もちろん部活ではないし、愛好会でさえなかったわけだから、金はかけられないのだ。

階段は、学校の正面入り口の「そこそこ」高い階段。
用意したのはモデルガンと乳母車、それから赤ちゃんの人形だけ。

『戦艦ポチョムキン』にオマージュを捧げた『アンタッチャブル』(87)がすでに発表されており、
感覚としては『ポチョムキン』ではなく、『アンタッチャブル』の模倣だったかもしれない。

模倣の模倣・・・というか、このシーンを模倣した映画は「それをまとめた動画」(=Youtubeで検索してみてね)が存在するくらい沢山あって、
自分たちが創った映画「もどき」は、模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣の模倣、、、であったと。

それのなにが悪い!? ってなもんだ。

で、実際に撮ってみた。

撮ってみて、思っていたよりはるかに大変だということを痛感する。

放課後の数時間で撮り終えられると思っていた。

のだが、結局は10日間、計30時間くらいを要してしまった。

出来上がった映像は、約2分。
しかし天候のことさえ考えずに撮影・編集したものだから、ショットが変わるごとに明るさや影の位置などが変わり、統一性のまるでないサイケデリック?? な珍品となっていた。

すげーなエイゼンシュタイン、どうやって計算して撮っていったんだろう? なんて。


その作品がどうなったのか、たぶん捨てられたのだろうが、
こんなしょーもない珍品でも、撮影中に意見の衝突などがあり、一丁前に「表現者していた」のだった。

そこが恥ずかしいじゃないか。
青春じゃないか。

それでいい、というか、それがいいのだ。


だが映画制作チームは、これ一本だけで解散してしまった。
「思ったよりたいへん」だったというのと、いちおうは進学校だったから、、、かなぁ。


それでも。
きのう記したように、この経験が無意味だったとは思わない。

自分は監督向きではない、やはり脚本だ―と、この程度の経験(笑)で悟ることが出来たし、
ナンダカンダいって、楽しかったし。

そう、以前、自分は「高校時代は灰色だった」と記したが、じつはそうでもなかったかもしれないなぁ・・・などと、いまになって思うのであった。

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初体験 リッジモント・ハイ(49)

2013-08-19 00:15:00 | コラム
きっちりデータを取ったわけではない、
ないが、そこそこ自信のある? 憶測をいえば・・・

小中学生のころに映画好きになった場合、その2~3割が高校時代に脚本を書いてみたり、カメラを持ったりしてみる傾向にある。

青春期に映画の自主制作にはまる、ということ。

その夢をおとなになっても持ち続け、プロ入りを果たすのは1%にも満たないだろう。
しかし「0」ではない。
部活動に打ち込む学生たちだって同じはずで、甲子園や高校総体で活躍した子でさえ、プロとして活躍するものは一握りに過ぎない。
しかし、やっぱり「0」ではない。

だから、やるだけ無駄―ということはない。

仲間となにかをやり遂げることにこそ意味がある・・・という風にもいえるし、
「遊び半分」だったかもしれないが、出来ることと出来ないことを「なんとなく」理解するいい機会にはなっている、つまり自分の限界というものを知るためにも、そういう経験が必要であると。


「―将来は、女優さんと結婚とか?」
「・・・(苦笑)いやぁ」
「アカデミー賞とか」
「・・・うーん、それはないかな」


去年の劇場公開時に3度観た日本映画、『桐島、部活やめるってよ』がWOWOWで放送されていたので、あらためて観返してみた。

クラス内に歴然と存在する「階層」を映画的話法で描いてみせた傑作だが、
最下層に位置しているであろう、神木隆之介が演じる前田(=映画部)に感情移入した映画小僧、元映画小僧は多かったにちがいない。

自分なんかは前田の親友・武文(=俺だったら、あんな連中は女優に使わない。勝手に笑ってろ)にグッときたものだが、

映画のタイトルを笑われ、
コンクールの一次予選を通過しても誰からも「真の」祝福はされず、
秘密話を聞かれたとしても「あのひとに聞かれても、どうってことない」と「居ないこと」にされ、
撮影中は必ず邪魔が入り、
小道具を壊されるような連中・・・そんな映画部が階級上にあたるクラスメイトたちを喰いちぎる(!!)ゾンビな展開には、ほんとうに胸がすく思いがした。

だがこの映画は、あくまでもリアリティを追求した青春劇。
ゾンビな展開は(当たり前だが)妄想と解釈され、あすからは再び棲み分けされた学園生活が始まるであろうことをにおわせて、映画は終わる。
その直前に交わされる会話が、前田とクラスの人気者・宏樹との「アカデミー賞、、、」云々である。

映画監督には、なれっこない。

前田は自分の限界を知っている。
それでもカメラを持ち、回し続ける。
たぶん、表現の快楽を知っているからだろう。

分かる。
分かるなぁ!!


というわけで、今回の初体験シリーズは「初めての自主制作映画」。


冒頭に記した憶測で「自信がある」といったのは、まさに自分がそういう映画小僧だったから。

森田芳光や大森一樹が「そういうことをやって」陽の目を見たという話を聞き、「ようし、俺だって!」と思った。
そうして授業中、「わら半紙」の裏に脚本を書いてみた。

だが小説ではないので、書いて出来上がり! というわけにはいかない。

そこで、ひとを集めてみた。

「写真部だから撮影は巧いんじゃないか」
「器用だから編集が巧いんじゃないか」
「イケメンだから俳優が似合うんじゃないか」

なんていう理由で集めた、7人の映画小僧たち。

こうして「初めての自主制作映画」は始まった。

高校2年、秋の出来事である。
なにもかもが手探りだったが、とにかく楽しかったことだけは覚えている―。

つづく。


※『桐島』×高橋優のPV




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おおかみ、になりたい。

2013-08-18 02:12:54 | コラム
♪ 夜明け間際の吉野家では、
化粧の剥げかけたシティガールと、ベイビィフェイスの狼たち、肘をついて眠る ♪
(中島みゆき、『狼になりたい』より)


39歳、独り暮らしの似非モノカキの食生活。

取材が多くなるにつれ、外食も増えていく。
その9割がファストフードであり、とくに牛丼が圧倒的に多い。
マクドナルドも好きだが、あれは自分にとっては(なぜか)家で喰うものであり、テイクアウトすることが多い。
だから店内で食べるファストフードといえば、牛丼屋がほとんどなのである。

好みは「すき家」だが、「吉野家」でも「松屋」でも構わない、
山盛りの牛と、クッタクタになった玉葱、あとはダックダクの汁がかかっていればそれでいい。

卵は頼まない。
味噌汁は要る。
紅生姜は要らない、
ただ、七味唐辛子は「たくさん」要る。

マジか!? と驚かれるほど、七味をかける。

まぁそんな食べかただ。
「松屋」自慢の定食も「ときどき」は食べるが、やっぱり牛丼がいい。
やたら増えた「すき家」のトッピング的メニューは目に楽しいが、実際に頼むことはしない。
昔からある、純度100の牛丼が好きなのだった。


独り暮らしを始めてからの20年のあいだに、最も口にした食物―ひょっとしたらそれは、牛丼かもしれない。

18歳まで、つまり上京以前は牛丼を口にしたことがなかった。

その存在? は『キン肉マン』で知ってはいたが、館林市に「吉野家」「松屋」はなく、芥川の『芋粥』ではないけれど、自分にとって牛丼とは幻の食物だった。

大袈裟?

かもしれないが。

安さを売りにしたものだしね。

だが縁遠かったのは確かで、大通りを挟んでライバル店が建てられている東京に慄いてしまい、
だから上京しても『狼になりたい』は何度も聴くしカラオケでも歌うのに、肝心の牛丼屋には入れないでいたのだった。

おかしな話だ、同じように幻想を抱いていたマクドナルドには「簡単に」入れたのに。


初めて牛丼を食べたのは、18歳の夏。

友人3人で「吉野家」に入ったのだが、注文さえ「ぎこちない」であろうからと、うまいこと? 彼らの後ろに並ぶ。
ふたりの慣れた口調「特盛、味噌汁、卵」を真似して注文、無事に着席する? ことは出来たが、作法? が分からない。

だから、空腹マックスであったが、ふたりが口をつけるまで箸を持つことも控えた。

なるほど、「卵かけご飯」と同じ感じなのか、卵の使いかたは、、、なんて。

なかなかに恥ずかしい行動だが、最初はそういうものだよね。
初めからコンドームを器用に装着出来るヤツなんか居ないだろうし。

ひとは恥をかきかき、おとなになるものなんだ。

で、牛丼にはまった。
翌日も、その翌日も晩飯は牛丼だった。
しまいには牛丼好きが高じ、某店でアルバイトすることにもなった。

あれから20年―。
価格破壊が起こって「並」は異常に安くなった。
紙で出来た安っぽいキャップをした店員は見かけなくなり、いまじゃバンダナなんかが主流になっている。
最大手だった「吉野家」が業績不振に陥り、代わりに台頭したのが「すき家」だった。
そんな「すき家」が強盗のターゲットになったり、阿呆みたいな量の「メガ盛り」(トップ画像)が好評を博したり、世の中は変わるものだなぁ、、、と。

某店でアルバイトしていたころ―朝飯と晩飯を牛丼で済ませているおじさんが居た。
ほぼ毎日、2度も来店するのである。

チーフをやっていたが、メンバーのなかで最も性悪だった自分は、
おじさんのことを「また来てやがる」なんてバカにしていたものだが、自分も変わらないじゃないかと。

寂しいっちゃあ、寂しい食生活ではある。

しかし牛丼はいつ食べても美味いし、元気が出る。
だからこれからも、牛丼を食べ続けていくことだろう。

死ぬまでにあと何回くらい食べるのか?

週平均、3.7回は食べている。
4回だとして、月に16回。1年で192回。
70歳まで生きたとして、5760回。

特盛の肉は平均して160gだから、約920kgの牛を食べることになる。(計算、あってる?)

鶏肉好きだが、こりゃ、牛のほうが喰っているかもしれない。

牛、さまさまである。


そんな自分、この文章をアップしたあとに晩飯なのだが、
歩いて行ける距離にあるものだから、きょうも牛丼かなと。

ただ深夜時間の牛丼は、あまり勧めることが出来ない。
日中ほど混雑しないため、煮て数時間が経った「カス肉」を提供されることが多いから。

自分はそれでもいいと思っている。

どーせ、カスみたいな人間だし。
カスには、カス肉こそ相応しいだろうと。
鍋のなかのカス肉を処理する、ゴミ箱のような男になってやろうじゃないかと。

なんでそこまで卑下しているのか自分でも疑問だが笑、
まぁいいや、腹減ったので、とりあえず行ってこようと思う。


そういえば『狼になりたい』を流している店に入ったことはないが、
「吉野家」さん、時代がちがうとはいえ、歌詞に店名まで入っているんだよ、ばんばん流したほうが雰囲気出ると思うんですけど・・・?


※みゆきさんの曲で、いちばん好きかも。
動画は、アップ主さんによると「シャレ」だそうです。

なるほど笑




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にっぽん男優列伝(201)高橋克典

2013-08-17 04:00:03 | コラム
64年12月15日生まれ・現在48歳。
横浜出身。

公式サイト

公開中の傑作『風立ちぬ』に、NPO法人「日本禁煙学会」が噛みついたことにより、ちょっとした騒動になっています。
松江市による“ゆるめの”『はだしのゲン』発禁もそうですが、もっと問題にすべきことがあるのになぁ、
表現者の意図と受け手の感想が「うまいことリンクしない」のは「ときどき」起こることですし、
感想は「ひとそれぞれ」とはいいますが、
なんでも触れることの出来るネットという大きな存在を放っておいて「こっちを叩く」、、、というのはどうかなと。

きょうは俳優列伝ですから、このことについて深く言及しません。
ただ、ここから話を引き継いで・・・

映画小僧を自負している自分でも、好きなテレビドラマはあります。
その一本がテレビ朝日23時枠に放送されていたシリーズ、『特命係長・只野仁』(2003~2009)。

高橋克典(たかはし・かつのり)さんが主演した、アクション・コメディです。

ゆるい「お色気」は男子に人気あるんじゃないか・・・と思っていたら、女子の支持も集めていたようで意外でした。
もう少しディープになれば引かれてしまう―そのぎりぎりをうまいこと保っていたようで感心します。

感心したことが、もうひとつ。
喫煙シーンの多さです。

映画表現においてでさえ、レーティングや興行、スタジオのことを考えて「喫煙NG」にせざるを得ない場合だってある時代です、
ウォン・カーワァイとQTタランティーノくらいじゃないでしょうか、

「んなこと知るか、俺の映画は煙でモクモクだぜ!」

といえる映画作家は。

ですから。
ワルフザケと捉えられている『只野仁』ですが、じつは闘っているのではないかと。

応援したくなるじゃないですか。



<経歴>

両親ともに、その世界では高名な音楽家。
という家柄のため、幼少時からピアノの教育を受ける。

映画俳優デビュー作は、89年の『六本木バナナ・ボーイズ』。
しかし、パッとしません。

93年には歌手デビューも果たします。
しかし、やっぱりパッとしません。

陽の光を浴びるには、もう少し時間が必要だったのです。
じつに不思議なこと、、、というか、これは自分の理想ですが、このひとはあきらかに、若いときより現在のほうが男前ですし魅力的なのですよね。

99年、TBSのドラマシリーズ『サラリーマン金太郎』の主演に抜擢され、これが当たり役に。
同年には映画版も公開されましたが、
前述した『特命係長・只野仁』シリーズもそうですし、テレビドラマの世界から羽ばたいた背景もあるのでしょう、映画への出演はひじょうに少ないです。

俳優・金子正次を熱演した『竜二 Forever』(2002)、『新・仁義なき戦い/謀殺』(2003)、
出来はともかく秋山莉奈が出ているので繰り返し観た『特命係長・只野仁 最後の劇場版』(2008)、
『誘拐ラプソディー』(2010)、『私の叔父さん』(2012)。

最新作は北野武の快作、しかしチョイ役というのがもったいないといえばもったいない『アウトレイジ ビヨンド』(2012)。

いつか映画キャリアの代表作が出来るとは思うのですが、
個人的には「いま、ここ!」であるような気がするんです。

いわないですよゼッタイ、今年の流行語になりそうな「CMから飛び出した台詞」は笑

でも、ほんとうに「いま」だと思いません?


次回のにっぽん男優列伝は、高橋克実さんから。

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