Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

初体験 リッジモント・ハイ(192)

2016-08-26 00:10:00 | コラム
さて、きょうは寄り道をせずに、24歳のころの自分と、



44歳のラブホテル支配人との「年の差恋愛」エピソードを。

・・・って、厳密にいえば恋愛ではなかったのだろうが。

とはいえ自分は本気で。

実際にデートを重ねた。

身体も重ねた。

ラブホテルの支配人が、別のラブホテルを利用して男を抱く。
そうね、この表現は適切。
自分に抱かれるというよりは、彼女が抱いていたにちかい感覚だったから。

当然、その関係は職場で噂になる。

年齢のちかい従業員同士の色恋であれば、噂になっても「あるある」で済むが。

年は離れているし、トップと従業員の若造だし。
だから「気持ち悪い」と陰口をいわれ、段々と居心地が悪くなっていった。

それでも気にしなかった。
文字どおり、Iさんの身体に溺れていたのだと思う。


しかし―。
ある日の深夜、Iさんは17歳になる娘を職場に連れてきた。

職場見学はよいこと? だと思うが、場所が場所である。
でもそれは古いのか、
平成の17歳は立派な大人だし、ラブホテルの「いかがわしい」というイメージも昭和の感覚、現在のラブホテルはアミューズメント化が進み、妖しい雰囲気は微塵もない。
神田うのが「子ども連れていって、なにが悪いの~」と「いつもの調子」で発言し叩かれたが、でもまぁ、彼女のような考えを持っているひとだって居るだろう。
(実際に、子連れで宿泊する夫婦も居る。エッチしたとして、子どもはどこに居るのだろうね?)


娘さんは「あの部屋が見たい」「この部屋が見たい」と興味津々で、実際に部屋を見ては「きゃっきゃ」騒いでいた。

その時点で、ややクールダウンしていた自分。

娘が居ることは知っていたが、現役女子高生を目の当たりにして「その、お母さん」に恋しているということに、若干の違和感を抱いてしまったのだった。

そんな気分で部屋の清掃をしていると、フロントに居るIさんから連絡が入る。

「102号室、入ってもらえる?」
「入るんですか」
「女の子、ひとりなの。彼氏が来ないんだって」
「・・・自分が入って、どうするんですか」
「きょう、誕生日だっていうのよ。泣いていて。話し相手になってほしいって」
「・・・自分が、話し相手になるんですか」
「うん、そんなことは従業員の仕事じゃないことは分かってるけど」
「えぇ、そうですよね。自分だって気まずくて、どうしたらいいか分からんですよ」
「・・・そうだよね~。でも、可哀想で」
「・・・・・」
「キスとかでも、動いてくれない?」

・・・うん、だから、やっぱり、前日に書いたように遊ばれていたのだとは思う。
それでもぜんぜん構わなかったが、この日だけはちがった。

キスをご褒美に、無理をいってくるIさんのことが、ちょっとイヤになった。

ただ、102号室には入室した。
やましい気持ちがあったわけではない、、、というと格好つけ過ぎだが、誕生日にひとりでラブホテルで過ごす女子のことを、真に気の毒と思ったから。

彼女は酔っていたし泣いてもいたが、想像していたより冷静だった。

妻子持ちの彼を待っているが、3時間経っても来ない。
自身は「2番目」であることを自覚し、自嘲し、「みじめだよね」と呟く。

酒をすすめられ、自分も呑みたい気分だったので、勤務中だが乾杯した。

正味40分程度、しかし決断? するには充分な時間で、それは彼女も同様だったみたい。

彼女は「もう別れる」といい、自分が退出するとすぐにチェックアウトした。

自分は、そのことを報告するためにフロントに行く。

Iさんは自分を見るとすぐに抱きしめてキスをしたが、きのうまでとはちがって欲情しなかった。出来なかった。

自分がこのアルバイトを辞めたのは、その2週間後である。


急に冷めた、その理由―は、はっきりしているようで、はっきりしていない。

けれども。
月並みな表現にはなるが、いまとなっては、甘酸っぱい想い出ではある。

Iさんは、現在62歳。
風の噂で、いまも元気に地方のラブホテル支配人をやっていると聞いた。

きっとまだ、魅力的なままなのだろうと思う。



おわり。





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明日のコラムは・・・

『ゴジ圧勝』
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初体験 リッジモント・ハイ(191)

2016-08-25 00:10:00 | コラム
きのう敢えて取り上げなかった「年の差恋愛」映画が、61年版と97年版の『ロリータ』。

ヘンタイ小説の古典といっていい、ナボコフの原作も読んだ。
ふたつの映画も、2~3度繰り返し鑑賞した。

61年のキューブリック版は、まぁ彼女の所為だけには出来ないが、肝心のロリータ役(スー・リオン)に魅力を感じることが出来なかった。



97年のエイドリアン・ライン版は、キャスティングの点では合格だった。
ドミニク・スウェインはキュートだし、ジェレミー・アイアンズも本領発揮の「静かなヘンタイ演技」を披露してくれたし。



ただ演出面で疑問に残るところが多々あり、惜しいな、、、という出来だった。
ともあれ映画としては、キューブリック版よりリメイク版のほうが勝っている―と、個人的には思う。


ところで自分の知り合いに、40歳なのに20代後半に見える童顔の女子が居る。
身体も小さい彼女は、この97年版『ロリータ』をとても気に入っていた。

「どこらへんが?」
「・・・あたしも、同じような感じだから」
「・・・ロリータと、・・・同じ?」
「あたしは意識してなかった。でも、周りの男たちが、そういう風に見てきたし、そういう風に接してきたから」
「本意ではなかった?」
「もちろん。ひとりの女として、見られている感じがしなかったし」
「男に幻滅した?」
「そういう時期もあったけど。いまは、なんていうか、いとおしく感じるかも」


いいトシこいたオッサンが、同世代の女子とうまく対峙することが出来ないから、幼い子に手を出す―きのう書いたように、ロリコンの世界は犯罪と結びつき易いため、そんな風に批判されがちだ。

批判の多くは正論だろう。

ただ『ロリータ』の物語に眉をひそめるひとが、ヒット作『レオン』(94)で涙しているのだけは、否!! といっておきたい。

いや、べつに泣くのは自由だけれども。

あれは監督ベッソンが「遠まわし」にいっているように、オッサンと少女の恋愛映画だからね。


・・・と、いろいろヘンタイの物語を擁護してきたが、繰り返しいうように、自分は社会的に許される範囲内のロリコンなんだからね汗汗


さて。
自分が「初めて年上の女性を好きになった」エピソード、、、のつづき。

自分は当時24歳で、ラブホテルの支配人だったIさんは44歳。

皆が嫌がる仕事を率先してやれば、膝枕のご褒美。

サービス残業をすれば、おでこやほっぺにキス。

休日出勤までして、(これをいうと引くひとも居るのだが)脱ぎたてのストッキングをもらったこともあった。


あぁそうだよ。
分かっているさ、たぶん「いいように使われていた」のだろうし、もっといえば遊ばれていたのかもしれない。

それでも、よかった。

Iさんに、完全に惚れていたから。
一瞬であったが、本気で結婚を考えるくらい惚れていた。


敵は多かった。

Iさんは、44歳とはいっても、30代真ん中くらいに見えた。
ヌード写真集を出したころの樋口可南子に似ていて、とっても色っぽい。

だから、アメニティなどを扱う業者からの人気も高かった。

彼らは用が「なかったとしても」ホテルのフロントに訪れ、Iさんとの会話を楽しむほどだったのである。


つづく。





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初体験 リッジモント・ハイ(190)

2016-08-24 00:10:00 | コラム
自分は現在42歳で、ハニーは、一回り以上も下の25歳。

よく犯罪だよ! といわれるが、情熱的に口説いたのはこっちだけど、実際に付き合うようになってからは向こうがメロメロなんだからね!! とは返すものの、誰も信じてくれない。

まぁ美女とキチガイを地でいくカップルなので、それはしょうがないことか。


それほど恋愛遍歴があるわけではないが、相手は常に年下である。
同い年でさえ、恋仲になったことはない。

年齢を知ってから好きになる、、、なんて器用なことは出来ないので、すべて「たまたま」なんだ。


よく聞かれるのは、「話があう?」ということ。

自分は常に「努力はする」と答えている。

年齢の壁を超えられるのは、身体の相性のほかには、もう努力しかないでしょうよ。


けれどもいちどだけ、年上を好きになったことがあった。
しかもまた極端なことに、一回り以上も上の女性。

自分は24歳、相手は44歳だったと記憶する。

そんなわけで今回の初体験シリーズは、「初めて年上の女性を好きになった」エピソードでいってみよう。


広告会社に勤務する27歳のモテ男が、43歳のレジ係と恋仲になる『ぼくの美しい人だから』(90)。



老人と少女の奇妙な結婚(と、破綻)を描く、韓国産の『弓』(2005…トップ画像)。

年上の女、ハンナの肉体に溺れるマイケルを描く『愛を読むひと』(2008)。


映画でも様々な「年の差」カップルが描かれるが、それ自体は現実世界でも「さほど珍しくなくなってきた」ので、特異なことのように捉えるひとも稀、、、とはいえないかな、アアダコウダヤンヤヤンヤいうひとはね、いつの時代だって存在するのだから。


自分がそんなだから、他者の恋愛で驚くことは少ないほうだが、それでも「御伽ねこむの件」は、びっくりはしたかな。



人気のコスプレーヤーだが、20歳の彼女は、52歳の漫画家・藤島康介と結婚を発表した。
と同時に妊娠も発表、皆は数ヶ月後の出産だろうと想像していたが、発表して1ヶ月も経たぬうちに子どもが生まれたのでズッコケたと笑

まぁ人生いろいろ、
人生いろいろであるからして、考えかたもいろいろ。

年の差を気持ち悪いといわれれば、そうかもしれないとも思ったり。

男の場合はとくに、相手が下であればあるほど、ロリータ臭・犯罪臭が漂ってしまうだろうからね~。
(ねこむ×藤島の件が話題になったのは、まさにそこだろう)


自分は20代のころから「幼めの」「でも犯罪には、ぎりぎりならないラインの」女子が好きだった。
だったはずなのに、そのときは、Iさんしか見えなくなっていた。

44歳。
ではあったが、30代前半で通る見た目だった。

バツイチ。子持ち。
そういわれなかったら、高校生の子どもが居るとは想像もつかなかった。

Iさんはラブホテルの支配人で、自分はそこの清掃員だった。

Iさんに気に入られたくて、自分はすすんでサービス残業をおこない、その褒美にと、Iさんは頬にキスしてくれたのである―。


つづく。


※この映画の勝因は、ケイト・ウィンスレットの身体でしょう




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Boys Don’t Cry

2016-08-23 09:12:32 | コラム
五輪と甲子園がほぼ同時に終わってしまい、寂しさが2倍でやってきた。

今朝スズムシの鳴き声を聞いたことも手伝って、あぁ夏も終わりか、涙とザーメンばっかり流すだけで、自分自身はなにもやらなかったな今夏は、、、と。


~リオ五輪、個人的5傑~

(1)三宅宏実(重量挙げ)の、バーベルに「すりすり」してありがとう



(2)伊藤美誠(卓球)のドヤ顔

(3)転倒したふたり(陸上女子5000)の助け合いゴール



(4)井上康生監督(柔道)の男泣き

(5)大逆転(バドミントン女子ダブルス、高橋礼華・松友美佐紀)のカタルシス


元々が涙もろいほうだが、30代後半くらいからは、俳優出来るんじゃね? と自信を持ってしまうほどに「すぐに泣ける」ようになった。

今夏もよく泣いたが、先輩ライターと話したのは、スポーツに触れて流す涙と、映画に触れて流す涙は、ちょいとちがうよねと。

その感動的・感傷的な場面だけでなく、そこから透けて見える人間ドラマやらなんやらまで想像したうえで泣く・・・という意味では、スポーツも映画も変わらないけれど。。。


というわけで。
何度もやっている気がするのだが、あらためて、個人的に泣ける映画の10傑を。

みんな泣きたいと思っている、、、ということだろうか、映画小僧を自称していていちばん投げかけられる問いが、

「泣ける映画は、なんですか」というもの、なのである。

自分は「ヘンクツなので、参考にならないと思うけど」と前置きをしたうえで、以下の10本を挙げるようにしている・・・が、ね、やっぱり参考にならないでしょう?笑


(1)『奇跡の海』(96)

後半40分くらいは、ずっと泣いていたかと。



(2)『ロッキー2』(79)

エイドリアンが難産。
練習もしないで、ずっと付きっきりのロッキー。

(3)『カノン』(98)

ラストはもう、嗚咽にちかかったなぁ。

(4)『ファースト・ミッション』(85)

成龍のアクション映画で?
と問われることも多いが、兄弟愛に泣けてしょうがなかった。



いま泣けるかと問われれば、疑問だが苦笑

(5)『サイダーハウス・ルール』(99)

鏡を見て髪を整えるメアリーアグネス。

ハルストレム監督は、少年少女を描くのがほんとうに巧い。




(6)『ボーイズ・ドント・クライ』(99…トップ画像)

けなげに弱いので、主人公の涙ぐましい努力が・・・。

(7)『レイジング・ブル』(80)

タイトルマッチの誘惑に勝てず、八百長に協力してしまった主人公・・・。

(8)『砂の器』(74)

「オラ、知らねー!」に、泣けて泣けて。

(9)『エレファント』(2003)

みんな、哀しい。

若者たちをそんな風に描く、サント監督の優しさが泣けてくる。

(10)『マグノリア』(99)

ラストの涙に、もらい泣き。




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シネマしりとり「薀蓄篇」(178)

2016-08-22 00:10:00 | コラム
すーつあく「たー」→「たー」みなる。

ターミナル(terminal=終わりの、末端の、終末の、終点の、終着駅の、末期の)という英語をきっちりと理解していなかったころ、『ターミナル・ベロシティ』(94)という米映画が公開され、

なんだこの、分かり難いタイトルは!! と思ったものである。

いまでも、そう思っているけれどね。

簡単にいえば、「自由落下の終末速度」という意味。

これでも分からん!!

「物体が重力または遠心力などの体積力と、速度に依存する抗力を受けるときに、それらの力がつりあって変化しなくなったときの速度」

ぜんっぜん、分からん!!


映画は、チャーリー・シーンとナスターシャ・キンスキーが主演したアクション物である。




スカイダイビングの世界を描いており、前半でナスターシャが「自由落下の終末速度」の説明をしている。

速度とパラシュートの関係―少なくとも本コラムよりかは分かり易いので、詳しく知りたいひとはどうぞご覧になってください笑

映画としては、同時期に公開された『ドロップ・ゾーン』(94)よりクオリティが高く、「超」はつかないけれど「軽く」はお薦め出来る快作になっているし。
(不思議なんだけど・・・「同テーマ」の映画って、公開時期が重なってしまうことが多いのだよなぁ)


さて、「終着駅」という意味での「ターミナル」。

映画だとすぐに、スピルバーグ×トム・ハンクスの『ターミナル』(2004)、



クラシックファンであれば、ヴィットリオ・デ・シーカによる佳作『終着駅』(53)を想起するだろう。

『銀河鉄道999』シリーズ(79~)にも、「アンドロメダ終着駅」というのがあったなぁ。

舞台設定としてはドラマチックで、いろんなことを想像出来る。
出会いというよりは別れを思わせるので、悲恋の舞台にはぴったりか。

しかし日常生活においては、自分にとって終着駅は無縁に近かったりする。

基本チャリダーであるからして、あまり電車に乗らないし。
どこそこの路線の終着駅がどこかっていうのは、ひとつも分からない。

ただ終着駅という日本語ではなく、ターミナルという英語にすれば「多数の路線を束ねる」という意味もあるそうで・・・

そうなると、大きな大きな新宿駅だってそうであろうし、
各地域に存在するバスターミナルはとっても身近だし、
あぁそれよりか、映画のように、「空港としての」ターミナルだと無縁ではなくなってくる。

私事? ですが。
おととい、11月のニューヨーク取材(格闘技ね)が決定したばかりであり、ちょっと浮かれていてね。


映画のほうの『ターミナル』は、パスポートが無効となり、空港内(ターミナル)から出られなくなった男の悲喜劇を描いている。

ゾッとするよね。

自分なんて運転免許証を持っていないので、写真つきの身分証といえばパスポートくらいで。
仕事柄、各国に飛び回っており、このパスポートはちょっと自慢でもあるんだ。

それが無効になることは現実的には考えられないけど、なくす可能性は充分にあるわけで。

先日もクレジットカードなくしたばっかりだし汗汗、気をつけなくちゃ。
日本でならまだともかく、あっち行ってからなくしちゃったら、コトだからね!!


次回のしりとりは・・・
たーみな「る」→「る」ーと。

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『Boys Don’t Cry』
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