Cape Fear、in JAPAN

ひとの襟首つかんで「読め!」という、映画偏愛家のサイト。

『Cape Fear』…恐怖の岬、の意。

拍子木さん

2018-03-26 01:05:48 | コラム
こんな風に、お尻に「さん」をつけるだけで人名っぽくなる拍子木、

もちろんヒトではなく、これのことである。



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ひょうしぎ

打ち合わせて鳴らす、堅い木で作った二本の四角い棒状の音具。(堅苦しい説明@大辞林)

ボクシングでは、ラウンド終了「10秒前」の合図として鳴らされるが、
この音を、ラウンド終了のゴングと勘違いしてしまうファイターが「けっこうな割合で」出現する。(@まっき~解説)



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「10秒前の拍子木」は、世界共通のキマリゴト。
だからファイターは知らないわけはないし、よって「終了のゴング」と勘違いし「戦闘力ゼロ」になった状態で相手に殴られたとしても、それはやっぱり本人に責任がある。
(相手は、卑怯には見えるが、戦いかたとしては正しい)


それでもやっぱり、ちょっとは気の毒ではあるのだよなぁ。。。


10秒前ってタイミング的にどうなん? 個人的には30秒前のほうがいいな。
自分がアマチュアの格闘家だったころ、そんな風に思っていたっけ。

自分がやっていたのは総合MMAだから、やることが多く、実際に30秒前のほうがいいと答えてくれたプロのMMAファイターも居る。

ボクシングだって同じじゃないかな、残り10秒っていうのは、さすがに短過ぎだと思うのだが。。。


それともうひとつ、世界共通のキマリゴトのクセして、拍子木には規格がない。

だから拍子木の音が、世界各国で異なる。

それでゴングと勘違いしてしまう外国のファイターも居るのではないか・・・という投げかけは「さすがに厳しい」が笑、

もうそろそろ、こういうところもきちんと統一していったほうがいいのかもしれない―格闘技ファンのみなさん、そう思いません?

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『にっぽん女優列伝(51)江角マキコ』
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胸じゃない、Tシャツを見ているんだ

2018-03-25 07:26:12 | コラム
ずいぶん昔のこと―。

一目見て『ツイン・ピークス』が好きだと分かる、

「I KILLED LAURA PALMER」と記されたTシャツを着ている女の子に会った。



このTシャツは珍しい、
よく売られているのは、

「WHO KILLED LAURA PALMER?」
(誰がローラ・パーマーを殺したのか)

のほうで、

「I KILLED LAURA PALMER」
(俺がローラ・パーマーを殺した)

のほうは、なかなか見かけない。

というか、そのとき初めて見た。

いいな、ほしいな、と思って見ていると、

ほかの女子から、

「ちょっと! Aちゃんの胸ばかり見ている!」

と、突っ込まれた。


いまの自分であれば、「ごめん、見てた見てた」と平気で返せるだろう、
ただ若かったものだから、必死になって「胸じゃない、Tシャツを見ているんだ」と弁解し、余計に怪しまれたものだった。


実際そうだったんだけれどね、マジでマジで。

べつにおっぱい星人ではないので、おっぱいを信奉しているわけじゃない。

もちろん嫌いじゃない、
どころか、好きなほう、いや大好きなんだろう、きっと。

けれども。
知り合ったばかりの女子のそれを「ガン見」するほどには、おっぱい好きではないと。

それよか、いまはTシャツが気になるんだと。

ファッションへの興味というよりは、
なんのTシャツを着ているかで、そのひとの嗜好というものが見えてくるから、
そういう意味で、ひとのTシャツが気になるのだった。


※何年経っても変わらぬ、自分にとっての勝負Tシャツ2枚



とくに右のほうの格闘技煽りTシャツ、これ着ているときはスベり知らずで、いつだって爆笑を取れる(ほんとうか?)




話を戻し。

信じられないかもしれないが、
未だかつて、Tシャツを着ている女子のおっぱい部分が気になったことがない。

脚、なら別だけどね。

ミニスカートだろうがロングスカートだろうが、
ホットパンツだろうがジーンズだろうが、
生脚だろうがタイツだろうがストッキングだろうが、
肌が見えている・見えていないに関わらず、下半身部分に視点が移動した瞬間から、ずっとそのことばかり気にかけているのだった。


それはそれで極端だよね、という話である―。




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『拍子木さん』
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初体験 リッジモント・ハイ(259)

2018-03-24 00:10:00 | コラム
「映画と絵画」ですぐに想起するのは、4本。

きのう動画を貼りつけた『ニューヨーク・ストーリー』(89)から、スコセッシ篇の『ライフ・レッスン』。

そんなスコセッシがゴッホを演じる、黒澤の『夢』(90)。



トップ画像の大作、『美しき諍い女』(91)。

そして。
「このシーンさえ巧く撮れたら、完成度なんかクソくらえ」―と思っていたかは分からないが、実際にそんな気迫で撮ったと確信出来る、デ・パルマの『殺しのドレス』(80)。




結論。
アーティストは、純粋に狂ってる。

清く正しく、狂ってると思う。

素敵だ~。


部屋には映画とアイドルのポスターしかないから、絵画でも置きたいな。

そんな風に「思いついた」のは、24歳のころだった。

そう「思いつき」でしかなかったので、そのとき自由に使える金がなかったら、絵画(もちろん複製)は買わなかったかもしれない。

購入したのは、フラゴナールの『読書する娘』と、




ジャン=ミシェル・バスキアの、いわゆる「落書き」。




前者は特別好きだったわけではないが、部屋が少し落ち着くと思って。

後者は当時、映画が公開され、ちょっとした「バスキア・ブーム」が訪れており、セールで安かったので。


通販ではなく、渋谷の専門店(名前は忘れた)まで行き、それを抱えて町田のボロアパートまで運んだ。
どちらにも深い愛情を抱いていたわけではなかったが、そこそこの金を払い、そこそこ苦労して運んだから、いちばん目立つところに掛けた。

いまはそれも、もうない。

引っ越しの際に処分してしまったのだった。


そんな自分が、生まれて初めて「自分の意思で行った絵画展」。

98年の10月に開催された、『レンブラントと巨匠たちの時代展:日本初公開!/ドイツ・カッセル美術館秘蔵の名画コレクション/サスキアに逢える秋』(新宿伊勢丹美術館)だった。

目玉はレンブラントが描いた妻の肖像、『横顔のサスキア』。




これが好きでねぇ、いつまでも眺めていられる。

このときくらいですよ、実際の絵画を目の当たりにして時間を忘れ、そこに留まっていたのは。

技術もすごいのだろうけれども、それ以上に、レンブラントの、妻に対する愛情が強く感じられるところが魅力。


と、いうわけで今回は。
映画のように饒舌に語ることは出来ない世界なので、なんとなく画像盛りだくさんで逃げてみました笑


おわり。


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初体験 リッジモント・ハイ(258)

2018-03-23 06:57:42 | コラム
絵画も写真も、たぶん、映画とは、そう遠くない親戚の関係にあるはず。

はずなのだが、映画を追いかけるだけで精一杯、、、というイイワケが通用するかな、この世界に明るくはない。


だからヒトナミ程度だと思う、絵を見て画家の名をいい当てられる確率というものは。

そんな自分が好きな画家3人を挙げると、こうなる。


光と影のアーティスト、レンブラント・ファン・レイン。

「レンブラント・ライト」という技術があるほど、映画との関係性が深い。




左右の大腿骨骨折により、下半身の成長が止まった不遇の画家アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック。



このひとの存在を知ったのは、映画『巴里のアメリカ人』(51)だった。


そしてポップアイコン、アンディ・ウォーホール。

とくにバナナの作品は好きで、ベルベッド・アンダーグラウンド&ニコのアルバムはもちろん、様々なバナナ・グッズを揃えたものである。




そのほかに、たとえば敬愛する映画監督デヴィッド・リンチの絵なども鑑賞することはあるが、
このひとの場合は「映画ありき」なので、絵「単体」で好きかと問われると、ちょっと分からない。




この程度の、まぁ絵画音痴と呼べる男だけれども、なぜだか付き合った子は美大生が多かったりする。

美大生は変人ばかりだからね、自称キチガイの自分をも愛してくれるような、そんな懐の深い女子が多いぜよと。


いや、そんな話はどーでもいいんじゃ。


絵画展に行った際の、一枚を眺める時間。
そんなことを意識している時点で絵画を語る資格さえない、、、といわれそうだが、これって、なかなかに難しい。

飽きたら次に行けばいい?

そうかもしれないが、早過ぎても「ちゃんと見ているのか」って話になり、遅過ぎても「分かったふりをして」ってなりそうだし。


いかんね~、他者の目を気にし過ぎている。
映画と同じように、好きなものは好き/嫌いなものは嫌い、でいいのに。


というわけで。
今回の初体験シリーズは、「初めて自分の意思で行った絵画展」、それから「初めて買った絵画(当然、複製品)」でいってみようと思う。


つづく。


※うん、これぞ画家のイメージだ…スコセッシの『ライフ・レッスン』より



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(作り笑い)また、今度ね…

2018-03-22 00:10:00 | コラム
これは批判じゃなくってね、自分はそういう態度を取れないので、こんなことばを発してしまう、、、という話。


先日―。
先輩に、酒を奢ってもらった。

奢ってもらう立場であるからして「どこがいい?」と聞かれても、「先輩の好みでいいです」と模範解答を発する。

しかし平日の都下ということもあるのか、
23時にして、先輩が選んだ店が悉く「ラストオーダーの時間です」「まもなく閉店です」ときたもんだ。

いや、24時間営業の大衆居酒屋だったらありますよ。
ただ先輩は、かつて板前をやっていたひとなので、味はもちろん、店選びも厳しいわけです。

結局、雨のなか駅前をぐるぐるぐるぐる歩き回り、合流して45分後にやっと「そこそこの店」を見つけた。


その、45分間のあいだに起こった出来事。

同じ場所を行ったり来たりする、しかも中年男がふたり、、、なものだから、風俗系の客引きがすごい。

すごいといっても、10年前ほどじゃないけど・・・

「どうですか、乳首ツンツン。ツンツン乳首。もう最初から、ツンツン」

「ディープキスから始まる恋ってどうですか、キスしまくりでいきましょう」

「ムッチムチな子を揃えています。きょうは寒いから、ムッチムチで温まりませんか」


最初からツンツンしているのじゃ面白味がないな・・・とかは、いいんじゃ。

ともかく、これらの客引きを先輩は完全スルーする。

「存在しないもの」と解釈し、素通りする。

おそらく、これが正しいありかたなのだと思う。


しかし自分は、これが出来ない。

もちろん興味があるようなリアクションはしないよ、そのあとが面倒だから。

ただスルーは出来ないので、作り笑いを浮かべ「また、今度ね…」というのだ。

そうすると彼らも、今回はあきらめてくれるし。


彼らだって仕事だ、自分らに向かって話しかけてはいるけれど、女子たちだって通る道。

「ツンツン乳首♪」といっている姿を晒すのは、そこそこの勇気が要るのではないか。

だから「ごくろうさま~」の意味をこめて「また、今度ね…」といいたくなるのだった。


ついでに店選びの際も、同様。

「もうラストオーダーの時間なんです」といわれると先輩は無表情でスッと踝を返すが、

そのあと自分は店員さんに「早いですね、ここいらへんは、どこもそうですか?」などと声をかける。


「いいんじゃない、そんなに愛想を振りまくらなくても」
「(苦笑)いやぁ、性分なんですかねぇ」
「なんか隣りに居る俺が、ずいぶん不愛想に映る」
「(笑う)いやぁ、気分は舎弟なんで、いいんですよこれで」
「(苦笑)舎弟ってなんだよ、古いんだよ感覚が」


・・・古い、のだろうか?苦笑


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有吉弘行「―いまは条例とか出来て、昔ほどじゃないけど。上京して間もないころは、風俗の客引き凄かったよね。相方の森脇は防衛庁があった通りで客引きやっててさ、“おっぱい、ありますよ~。おっぱい、いかがですか~”とか、“あったかい、おっぱいどうですか”とか、客引きしてんのよ。“森脇はすごいな”って思ってたよ(笑う)」



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明日のコラムは・・・

『初体験 リッジモント・ハイ(258)』
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