防備録として、書きます。(ノートや、USBなどは、どこかに紛れてしまう常なので)
司会のいとうみくさんから、「編集部は、投稿作品を掲載するかどうかを検討するにあたって、出版に向けてという視点では見ていない。人が描けているかどうかを話す」という投げかけがありました。
「季節風」から出版された作品には、裏がない。媚びがない。とも。
・八束澄子さんは、作品は「自分という存在を丸ごと人様に投げ出す場である。作品を通して人とつながることができる。それも、一気に核心部分につながる」
身を守るということは、誰にでもある。だから、物語に託す。
・越水利江子さんは、とにかく何度も「愛」を訴えてらっしゃいました。「書いている存在を愛しているか」。
・いとうみうさんは、「シーンが思い浮かんだら、それを掘り下げる」と。
八束さんが取材をすることで、得たこと傷ついたことなど、具体的なお話には、心を打たれました。取材は命がけ。人を傷つけてしまう場合もある。そういうことを含めて覚悟してかからないといけない。書くことは、どれだけ恐ろしいことか。でも、書くことで助けられる部分も大きい。
絶対的な絶望もなければ、絶対的な希望もない。
作品ができたら、登場人物の視点で見直す。(主人公以外) ただの登場人物におとしめていないかどうか。
はあ。メモはここまで。このあとはもうメモをとる余裕もなく、参加していました。
ホント、メモですみません。
二次会は、久しぶりにいろいろおしゃべりできて、楽しかった!
twitterでつながっていて、初めてお会いした方、お名前だけは紙面で存じ上げていたけど、初めてお会いした方、久しぶりだった方。ありがとうございました。
秋田からいらした青年(?)も入会してくれて、嬉しかった-。心から応援したいです。作品が読める日を楽しみにしています。