サブタイトルは、「記念撮影ー存在と気配そして空気ー」
(写真撮影は禁止でしたが、展覧会にさきがけて行われた内覧会ではOKだったとのこと。これは、その際友人が撮影したものです)
峯田先生は、山形県出身。北海道教育大→秋田大→上越教育大→筑波大と経て、助教授から教授となり、現在は退職され、上越教育大学名誉教授、茨城にお住まいです。彫刻家としては、第19回平櫛田中賞を始め多くの賞を受賞。
このたび、これまでの作品の集大成としての展覧会を秋田県横手市にある秋田県立近代美術館で行われています。
北上から秋田へ行く途中立ち寄り、観てきました。
これは・・・。
全国の人、いや世界の人に観ていただきたいほどの素晴らしさ。
ひとつひとつの作品の存在感、空気感、世界観に圧倒されます。
峯田先生は、舟越保武氏に師事してらっしゃいますが、日本の彫刻家としては、舟越氏と同様、確実に最高峰にいらっしゃるお一人、彫刻史に残るお一人に間違いありません。
一彫り一彫りの鑿の確かさ。全体のフォルム。立体ならではの光と影。何十年(ものによっては百年以上)も地に根を張り生きてきた木から別の形を彫り上げるというエネルギー。生命力。
幸運なことに、先生とお話をすることもできました。(涙)
ひとつひとつの作品のテーマをしっかりと言葉で伝えるそのお姿に、感動。こうあらねばならないのだと、胸に刻みました。
直接お聞きできたことを、ここに記させていただきます。
・(私が海外での個展などの話はないのですか? とおたずねしたところ←世界の人に観ていただきたいと感じたため)ときどきあるけれど、飛行機が嫌いだから断っている(せ、せんせ・・・)
・ 教職という仕事があったから、彫刻は好きなように作ることができた。生活をするために作らなくてはならなかったら、好きなようには作れなかった。だから、今はこれらの作品は全部公共施設などにお返しとして、寄贈している。(せ、せんせい・・・)
・同じものは作れない。冒険の連続だよ。
パンフレットから
・彫刻は、造るものではなく試行錯誤の末に生まれてくるもの。立体は、それ自体を見せるだけでなく、それを取り巻く空気も見せるもの。そして不思議な存在として目の前にあるもの。
ほかの教え子らしき人との会話(すみません小耳にはさんでしまいました)
・いつもこれが絶作のつもりで造っている。手を抜いたものをひとつ造ってしまえば、死んでから「あいつはあれさえなければいい作家だったのに」と言われてしまうからね。
・何かの賞をもらうために造っているわけでもない。造りたいから造るだけ。
お年など全く感じさせない、エネルギー。それも濁りのないエネルギーです。接していて心が洗われました。
普通展覧会でおかれている図録やポストカードはなく、先生の商品(小さなレリーフやテラコッタ)が何点か販売されていました。先生、「できるだけ安くしてって言ったんだよ」とおっしゃっていて・・・。まったくもって、これが銀座の画廊だったら数倍はするだろうというお値段で・・・。
私、購入してしまいましたよ!! むふふ。
そうそう。何点か展示されているデッサンもすごくいい。
佐藤忠良が、「大きなカブ」の絵を描いているように、先生も絵本を描かれないかなあ。なんて、夢想してしまいました。
2月7日まで開催されています。
東北方面に行かれる方、ぜひぜひ、足を伸ばしてください!!
私の句集『だだすこ』の表紙、これ峯田先生のリトグラフ!! なんて、贅沢な。贅沢すぎる。(←このブログのプロフィールの顔にしてます)
上越妙高駅に大きな上杉謙信像を造り、置かれているということで、その写真もありました。
これは、いつか観に行きたい。
あ、もうひとつ。感じたことの付け足し。
この展覧会を同級生といっしょに感動を分かち合うことができました。美術館の学芸員をしていたのも、実は後輩。何か、地方の国立大のよさを感じた一日でもありました。
大学時代の先生の彫刻概論の講義も好きだったのですよ。賢治の詩などもその中で使われていて・・・ということを覚えているあたり、私はやはり美術より言葉の世界に当時から惹かれていたってことなのかも、と思ったり。(ノートがどこかにあるはずなんだけど)でも、学生時代、美術を学んだことは(下手だけど)よかったとも思えました。
*あまりの感動に、長々と書いてしまいましたが、ご紹介でもあり自分にとっては大事な記録でもあるので、ご容赦ください。