うめと愉快な仲間達

うめから始まった、我が家の猫模様。
犬好きな私は、チワワの夢を見ながら、
今日も癖が強めの猫達に振り回される。

秋は、美味しい

2018年10月28日 | よねの闘病記録

ご心配いただきましたが、

おかっぱ、復活いたしました。

 

おはようございます。

えぇぇ、うんちゃんの書いた記事の方がいいわ!

とお思いの皆さん、どうもすんません、おかっぱです。

 

大人になってからの私は、小食なほうだが、

子供の頃は、それはそれは、よく食べる子だった。

そんな私を見て、母さんは、いつも

「この子は、何かに憑りつかれておるかもしれん」と言っていたものだ。

が、だったら、お祓いしてくれよ!おれを止めてくれよ!

そう思ったが、母はひと味ちがった。

 

そんなに食べるからか、腸は消化が追い付かず、よく便秘になった私が、

「母さん、お腹が痛いよ~」と泣くと、

母さんは、「これを食って、上から押しだぜ」と、バナナをひと房、差し出した。

素直な私は、ただでさえ腹がパンパンなのに、ひと房食べて、

病院に運ばれる事態となったっけ。

あの時、医者は言った。

「こういう時はね、食べるのを一旦やめた方がいいんです」と。

 

そうだった、思い出した。

そんな訳で、

ここ数日、一旦食べる事を控えたら、すっかり良くなりました。

胃腸は治りましたが、

出っ歯とか細い目とか、亡者体形とかは、

残念ながら治ってはいません。

自分なりに前向きに生きていきます。

 

そんな中でも、我が家のよねさんは、いっぱい食べた。

自力でも食べたし、注入器のご飯も、いっぱい食べた。

そのおかげで、一時3キロを切った体重も、3.10キロに戻り安定しました。

あや、ダメだぞ!

 

せっかく調子が戻ったよね婆ちゃんを驚かせるとかしちゃ・・・

 

あや「ばぁぁぁぁぁ~」

 

だから、ダメだって!

びっくりし過ぎて、心臓止まったらどうすんだ?!

 

よね、まだまだ、ご健在だな。

 

良かったな

よね「後ろの扇風機、片付けて~」

あっ、すんません。

 

あや!

お前はどうして、そんなにイタズラっこなのだ?

あや「椅子に洗濯物、干すのやめて~」

あっ、すんません。

いや、ちがう。

今、おばちゃんは叱ってるんだぞ。

 

あや「机の下のゴチャゴチャを片付けてからにして~」

はい、すんません。

 


とか言ってるくせに、今日も無駄にゴロゴロします

2018年10月20日 | よねの闘病記録

よしよし、

今日も生きてるな。

 

おはようございます。

よねの通院も、8か月以上続き、

週2~3回の点滴治療を受けてきたが、

そろそろ「通院いやいや期」のような時期がやってきたようだ。

QOLを優先させる事を前提に、病院の院長とも相談し、

状態が安定しているようならと、

通院を週1回に減らして、様子を見ることにした。

 

私は、よねの何を守りたいのか?

これは明確に持っているつもりだ。

1日でも長く生かしたいとは思っていない。

命の期限まで、ご機嫌さんな日を1日でも多くしてやりたい。

私は、よねの心を守りたいのだ。

しかし、これって、実は難しいんだよね~。

だって、猫の気持ちなんて、分かんないんだもん!

 

ただ、面白いもので、

何かを守りたい、そう強く思い始めると、途端に恐怖に襲われるようになる。

私は、9年ほど前、くも膜下出血で倒れたことがある。

処置が、あと少し遅れていたら、

その処置が、脳外科の中でも随一の名医でなかったら、

私は、確実に死んでいた。らしい。

その話を聞かされても、私にはまるで他人事のような気がした。

何度、思い返しても、やっぱり他人事のようにしか感じられず、

自分の命など惜しくも何ともないとすら言いつつ、軽く笑って済ませられる。

ただ、何かを守りたいと強く思うと、

私は、突然全身の血が騒ぎだし、目眩や頭痛を覚え、吐きそうになるのだ。

 

そして、何をしていても恐怖が襲ってくるようになる。

運転している時に、意識が無くなったらどうしよう。

荷物を持った拍子に、血管が切れたらどうしよう。

寝たら、二度と起きられなくなったらどうしよう。

私、今、死んだらどうしよう。

 

なんて、馬鹿々々しい事だ。

そんな事を思ったって、どうにもなりはしないのに。

頭ではそう理解していても、

全身にまとわりつく恐怖は、決して消えない。

 

そうなると、毎日、何をするにも、覚悟が必要になる。

覚悟して寝て、朝、見事目覚めた時、

「今日も生きてる」

そう安堵して、また覚悟を決めて、起き上がる。

そして、猫達の顔を見て、

「今日も生きてる」

それに喜び、守りたいものを守る覚悟を胸に、

今日という日に立ち向かうのだ。

 

こんな大げさな日を過ごすのは、実に愚かで、とても苦しい。

しかし同時に、素晴らしい体験だと私は思う。

今日、生きてる事は、奇跡だ。

死にたいと思える日も、悲しい日も、苦しい日も、

大切な人も、守りたい命も、誰もかれも、

今日、生きてるという事は、奇跡なのだという事を、

この身体の隅々に流れる血管が、教えてくれるのだ。 

 

おい、おたま?

お前、それ息止まりませんか?

大丈夫なのか?


前にしか進まない、猫

2018年10月03日 | よねの闘病記録

10月は、きくが逝った月だった。

そうだ、

きくがあっという間に逝ってしまった月だった。

 

おはようございます。

1年前の今頃、私は分かっていた。

歳はよねの方が1歳上だが、

逝くのは、きくの方が早いのだろうと。

そして、

今年の10月は、よねの正念場になるかもしれない。

しかし、それは全く分からない。

 

猫は、突然ガタンと来る。

そのガタンが、どれ程のガタンかまでは分からない。

ここ最近、よねの体重が下げ止まらない。

不動の3.10キロは、一旦増えて、そこからガタンと落ち始め、

あっという間に3キロを切った。

別に嘔吐している訳でもなく、全くの絶食状態でもなく、

それでも体重は下げ止まらない。

しかし、輸液は、吸収に時間が掛かるようになってきている。

 

そんな、よねさんは、

先日、エアコンの設置中、大きな音で

他の猫達が怖がって隠れているのに、

近くで、ずっと見てたりしてね。

よねさんは、進化も止まらない。

すごいぞ、よねさん!

 

私は、悲観はしない。

半分強がりが入っているが、あとの半分は本音だ。

今よねは、最期の大仕事を目標に、ずんずんと前へ進んでいる。

「お兄さん、工事中だからね。邪魔になるからね」と言っても、

よねは、ずんずん前へ前へと進んで行っちゃうんだもん。

「ちょっ待って!」と抑えたって、お構いなしだ。

笑っちゃうでしょ?

だから私は、

「もう少し、ゆっくりしてもらえます?」と笑いながら、

よねの肩を抑えるように、よねの世話をしているという訳だ。

 

通院の回数を増やそうかな?

強制給仕の量や回数も増やすか?

いろいろ企んでいたって、よねは前へと進んでいるんだ。

 

その手の直角、かっこいいですね。

 

よね「ウヒヒヒヒ~」

だから、私は、自分の企みを疑る。

よねの笑顔が消えないように、

よねが笑顔で前へ進んでいけるように、

試しながら探りながら、肩を少しだけ抑えている状態だ。

 

よね「手がしびれた~」

じゃ、止めたらいいんだよな。

さほど嫌がらなかった事も、

以前より「嫌なの」を強く表現するようになってきた。

えらいぞ、よねさん!

 


気を付けましょう

2018年09月04日 | よねの闘病記録

昨日は、珍しく、

よねは「病院行きたくない」って鳴いたんだ。

 

おはようございます。

もちろん、いつでも行きたくないのだろうが、

たまに、「今日はどうしても嫌なの」という気分の日も

そりゃ、あって当たり前だ。

そういう日は、可能なら次の日に延ばしたりするが、

昨日はそうも言っていられないから、無理に連れて行った。

だって、今日、台風来るからね。

 

よねは、相変わらず症状は安定していて、

体重も、少し増えた。ほんの少し。

血液検査は6月以降していないから、数値は知らない。

よねが辛くなければ、それでいいと思っている。

だから、数値は定期的には測らない事にして、

よねの様子で判断していく事になった。

血液検査は、「すごく嫌なの」って言うからね。

 

大切な存在が病んだ時、飼い主は焦りに焦る。

自分の事のように心を痛め、時には我を忘れる。

私は、そういう事態に陥らなくても、頻繁に我を忘れてしまうタチだ。

うめさんが病気になった時も、

「うめを、うめをサイボーグにしてください」という言葉を

何度飲み込んだことか。

いやちょっと待てよ。

おそらく、1度は言ってしまった気がする。

あの時うめは、ごく軽い膀胱炎だったっけ。

なのに、私は完全に我を忘れていた。

というか、もう、うめの事すら置き去りだった。

良かったな、うめさん。

サイボーグにさせられなくて。

私、ロボコップの見過ぎだったな。

 

パンチョと名付けた子犬が病んだ時は、辛かった。

我が家に迎え入れた3日後、

調べてみれば、致命的な病気のオンパレードだった。

私はどうしようもない事を受け入れられず、

子犬を買ったペットショップへ電話して、怒り叫んだ。

「返品交換、できますよ」と言われ、絶句した。

でも、実はその瞬間、私の心に過ったんだ。

こんな姿、これ以上見たくない。

元気な犬と交換してもいいのでは?とね。

最低な我の忘れ方だった。

その後、返品交換しなくてよかった。

パンチョとは、たった1か月しか過ごせなかったが、

我を忘れて治療に走る中、

チッコをトイレでする事を覚えたパンチョを、

私は今も、誇りに思っている。

亡くなる前日に一緒に行った、公園での嬉しそうな顔を私は忘れない。

そして、たった3か月の命を、

私は敬意をもって受け入れてやりたいと思った。

 

今、よねは、お陰様で安定しているが、

具合が悪くなると、私はきっと、まーた我を忘れて、

もしかすると、よねを置き去りにして、

お百度参りに出かけるやもしれない。

そういう時は、全力で止めてくれよな、よねさんや。

よね「いいんじゃなーい、行ってもいいんじゃなーい?」

 

よね「そんな事より、皆さん」

 

よね「台風に気を付けてね」

 

よね「気を付けるのよ~」

そうだな、まずそっちが心配だな。

私、また我を忘れて洗濯物を外に干しちゃったよ。


3、10

2018年07月13日 | よねの闘病記録

ドキドキするな~。

嫌だな~、ドキドキしちゃうんだよな~。

 

おはようございます。

体重が、気になって仕方がないんです。

というテイで、うんこ協力のもと、撮影したら、

コントみたいな親指の絆創膏が気になる画像になってしまったが、

今回、気にしているのは、うんこでも私でもなく、

よねの体重が気になって仕方ないのだ。

 

ちなみに、私の親指は、昨日会社のデスクの角でぶつけました。

熟女さんが、即座に「デメタンがデメタンが」と嘆きながら、

この絆創膏を貼ってくれたよ、ありがとうございます。

 

2月から始まった、よねの通院も、6か月目となった。

2キロ台にまで痩せてしまった体重は、徐々に増えて、

今は、3、10キロだ。

6月初旬から、ずっと3、10キロなんだ。

ずっと、変わらずだ。

 

この体重は、我が家の、乗るたび変わる体重計で測った数値ではなく、

動物病院に設置してある、

1グラム単位まで正確に測れる体重計で測った数値だ。

週2ペースで通院するたび、3、10キロだ。

体内の水分量とか、寸でのところで留まっているウンチとか、

そういう理由で、多少の変動があってもおかしくないが、

よねの体重は、まったくブレず 3、10キロだ。

いちいち患畜の体重を個々に覚えてなどいられない院長でも、

さすがに、よねの 3、10キロは覚えてしまった。

「どうなっちゃってんだろね~?」と不思議がっていた院長は、

「さて、今日も 3、10かな?」と言うようになり、

毎回カルテに記入する看護師さんは、数値を確認せずとも、

「3、10ですか?」と聞くようになっていた。

 

そして、今日はよねの通院の日だ。

こうなると、記録更新なるか否か?!

と、ドキドキしちゃうという訳だ。

 

ねぇ、よねさん?

向かって右のよねさんや?

お元気そうで何よりですが・・・

 

あや「よね婆ちゃん、うぇ~い」

向かって左のあや、やめれ!

 

あや「婆ちゃんは、妖精だから大丈夫なんでしょ?」

 

妖精だって、変わっていくんだぞ。

きっと、すごい変身を遂げちゃうんだから~。

 

少しずつ、少しずつ、変身するんだもんな、よねさんや。