言葉を覚えた、幼い、あの頃から、
いつも、心の奥には、
「どうして、私が産まれてしまったのだろう」
という言葉が沈んでいた。
おはようございます。
母さんは、私に厳しかった。
まるで、
「どうして、お前を産んでしまったんだろう」と
言っている様だった。
そして、酒に酔うと、
「お前は産む予定じゃなかった」と言っていた。
酷いもんだ。
勝手に産んでおいて、それはないだろう。
そんな母さんは、今、年老いて、ちょっとボケてきて、
自分が言った酷い言葉も、忘れていく。
私は、すべて忘れたふりをして、毎日、実家へ通っている。
酷いもんだ。
忘れるなんて、それはないだろうが、母さんめ!
そう思ったが、そんな私は、ただでは諦めない。
鬼と化した、娘からの仕返しの始まりだ。
猫ベッドを気まぐれで1個編んでみた母さんが、
「これは編むのが大変や。2度と編まんぞ」と言うから、
いや、2度どころか、5度は編んでもらうぞと、
尻を叩いてやった。
そんな母さんは、以前は猫が苦手だった。
見るのも嫌だと言っていたから、
5年ほど前のある日、
川から拾った、びしょ濡れの子猫を、
真っ先に、母さんにほいっと渡してやったんだ。
「うわ~、気持ち悪い」っと悲鳴を上げたから、
これはいい仕返しになるぞと、閃いて、
「いいか、母さん。この子に何かあったら、承知しないぞ」
と脅して、昼の間、母さんに預けてやった。
鬼や。わしは鬼や。と言わんばかりに脅してやったんだ。
どんぶり勘定の母さんに、詳細な育児日記も付けさせた。
夕方、子猫を迎えに行くと、
母さんは、右手に箸を、左手には、猫ジャラシを振りながら、
夕飯を食べていた。
「おい、助けてくれ。もう腕が死にそうや」と
助けを乞う母さんをしり目に、育児日記を開いては、
「母さん、子猫のシッコの時刻が書いてないじゃない!」
と、姑のような口調で、
重箱の隅をつつくような、文句を言ってやった。
それが、あやという猫だった。
母さんは、私の予想を、遥かに超える育児をした。
まるで、孫のように、いや親のように、
あやを大事に育ててくれた。
私が、「あやは、顔がブサイクだ」と笑うと、
母さんは、本気で
「そんな事ない!そんな酷い事を、この子に言ったら、あかん」
と怒った。
そのあやは、親とはぐれて、川に落ちていた猫だった。
当時、保護した日の夜、探しに来た母猫と再会を果たした。
しかし、
母猫は、あやの体を、しきりに舐めてから、置いて行った。
あの時、立ち尽くすあやを見て、
私は、初めて、命の重さを実感したような気がしたんだ。
この子は、親が産んだから、ここに居るんだ。
命を懸けて産んだ、母さんが居るから、
この子は、ここで生きているんだ。
産んでくれて、ありがとう。
そう、心から思えた。
だから、私は、
母さんに、あやを預けた。
思ってみたくなったんだ。
産んでくれて、ありがとう。ってね。
そして、
産まれ来る、すべての命に、
ありがとうと、言いたくなったんだ。